13 英雄の成した偉業
代休もらえたので更新。
そんなものより土曜に休ませろと言いたい。
* 本作は基本 週一更新(日曜二十時) です。
さて、姫殿下を待つ間にどのように話を持って行くか考えておきたいところだ。
客室だけあって立派なテーブルとイスがある。折角なので座り心地を確かめてみるが、ドラゴンの尻を乗せるにはちと小さいですな。だがクッションの柔らかさは二重丸です。
はー、やれやれ。そういえば客を待たせておいてお茶の一つも出さないものかね。まあ、突然押しかけてなに図々しいこと言ってんだって感じだろうけど、こういうとこに住む高貴な方々はその辺マメにやるイメージだったんだけどな。
はー、ひょっとして、俺、嫌われてるのかな?
ドラゴンが空飛んでるだけであんな大騒ぎになりますかって話ですよ! 俺の地元だったら――そういえば、あの村でも最初は攻撃されたなぁ。うーん、じゃあ、普通か? 自分がドラゴンなせいで感覚がズレちゃってるのかな?
もしや手土産も持参せずに訪ねてきたのがまずかったか? 猿顔は逃がしちゃったし、ウサギの一匹でも捕まえてくるべきだったかしらん。
あー、お茶飲みたい。お茶菓子なんぞ囓りつつ。ていうか、肉食べたい。金持ちが食ってるような軟らかい肉を贅沢な厚切りで御相伴に与りたい。いや、食事の必要なんざないわけだけども。でも食生活の豊かさって心の豊かさなんだよね。食事は栄養さえ摂れればいい訳じゃなくて、文化人たる我々としては美味しいと思うことで心の栄養も摂取している訳で、肉体的空腹感はないのだけれど心が肉に飢えているっていう――
「お待たせしました」
「ほぎゃあ!」
余程慌てて駆けてきたのだろう、お姫様ともあろうお方がノックの一つもなく、息を切らせながら扉を開けたのだ。
時間がかかると聞いてゆっくりのんびり油断していたものだから驚いてしまった。考えも全然まとまってないし。
「あーわわわわわ、失礼しました。姫殿きゃにおかれましゅてはご機嫌麗ちゅう」
慌てて席を立ち挨拶をする。なんとも噛み噛みで無様である。
「いえ、驚かせてしまいましたね。どうぞ楽になさって。
それにしても、見違えました。報告は受けていましたが、本当に小さくなれるのですね」
姫殿下は俺に着座を勧めると、自分も呼吸を整えながら席に着いた。
◆
「まずは、謝罪を。
助けて頂いた相手に矢を射るなど、逆に討たれても仕方のないことです。全てはわたくし共王族の不手際。どうか下々の者にはご容赦を」
「あー、そのことは騎士のあんちゃんにも言いましたけど、気にしてないので。自分、ドラゴンですから。初対面の人には割と怖がられるもんですから。
こちらが城下を騒がせた件と相殺にして頂けたら、なんて思いますです、はい」
「ドラゴン殿の寛大なお心に感謝を。
もし、ドラゴン殿が我が国に暫く居着かれるようならば、先に言っておかねばなりません。今後もきっと恐れられることがあると思います。その、国民はドラゴンの報復を恐れております故に」
おっと、穏やかじゃないね。なんか理由があって過剰に恐れてるのか。その事を説明するために慌てて駆けつけてくれた訳ね。
じゃあ、俺が特別嫌われてるんじゃないんだ。ちょっとホッとした。
「あー、田舎暮らしをしていたもので、世俗にあまり詳しくないものでして。差し支えなければ教えて下さいな。報復されるような何かがあるんですかね?」
無垢な瞳で相手を見つめる。
ぼく、わかんなーい。おねえちゃんおしえてー。
姫殿下は話し辛そうにしていたが、根負けしたようで、ややあって口を開いた。
「我が国にはその昔、誇るべき英雄がおりました。彼の人はその偉業を称えられ、彼の人の存在が国民の自信の源となったのです。しかし彼の英雄の偉業が故に、恐れもするのです。いつか、噂を聞きつけたドラゴンに意趣返しを受けるのではないか、と」
ほう、英雄。その偉業、そしてドラゴンの報復を恐れる心。
うむ、なんか分かった気がするけど、一応聞いておこうか。
「その偉業とは?」
「……『ドラゴン殺し』です」
ほへー。すごいね。チート野郎だね。ドラゴンに勝てる人類って本当に人間? 前世で言う熊殺しや虎殺しなんか目じゃないわ。神話か伝説に残る正真正銘の偉業だわ。
なるほどねー。自慢したくなる気持ちも分かるわ。仕返しを恐れる気持ちも。
「『ドラゴン殺しの英雄』ですか。二つ名格好いいっスね。地元の名物じいさんに聞かせてやりたいですよ」
あのじいさんならとっくに知ってそうだけど。
「……ええと、その、ドラゴン殿にはご不快でしょうが」
「や、別に。知らない竜のことなんで。
ところでその方、結構昔の偉人さんなんですかね? 生きてれば対魔族戦で大いに働いてくれそうですけど」
ドラゴン倒せるくらいだからな。そのドラゴンである俺が魔王に余裕でやられかけたんで、
魔王 ≧ ドラゴン殺しの英雄 > 俺
みたいな力関係になると思うのだけれど、ご助力願えるなら是非とも欲しい戦力だ。
「わたくしが産まれるよりも前の時代の方です。ご存命でもおかしくはない年齢ではありますが、冒険者を引退されてからは行方知れずと聞いています」
「そっかー。残念」
しかしどこかで聞いた覚えのある顛末である。英雄って奴は引退したら行方を眩まさなきゃいけない決まりでもあるのだろうか。
◆
「ま、怖がられる理由は分かりました。謝罪も受けましたし、今後は皆様を怯えさせることのないようドブネズミのようにひっそり生きる所存です」
「そ、そこまで卑屈になられずとも……」
「じゃ、普通に生きます」
「はあ……」
あ、なんか呆れた目で見られてる。ちょっとしたおふざけだったのに。いかんいかん、ここらで仕切り直しといこうか。
「そういえば、お互い自己紹介もしてなかった。
南の方から来ました、コートです。ドラゴンやってます」
「スーシャ・ヌーク・ビ・オ・セントスと申します。
ようこそセントス国へ。この国の姫として貴殿を歓迎します、コート殿」
「ええと、それで、その、不躾なんですけども、お願い事がありまして。
この間の手助けに恩義を感じてくれたなら、ちょこっと、手を貸してもらえないかなー、なんて思っちゃってまして」
「わたくしに出来ることならば。とはいえ、個人的に、ですけれども。一国の姫として動くのは、少々難しくあります」
「それなら大丈夫。軍師も務められるという姫殿下個人の、聡明な頭脳ってやつを、ちょこっと貸してもらえれば十分です。それに、姫殿下にとっても利のあることかと」
「わたくしに利益のあるお話? なんでしょう。少し、気になりますわ」
おや、なんだか良い感じに話が進んでるね。
長引かせて興醒めになるのも嫌だし、もう本題入っちゃおうかな。
「大したことではないんですけどね」
朗らかに談笑しながら、何気なさを装ってお願いする。
「世界の半分をあげるので、俺の軍師になってください。
魔族領域を支配したいので」




