12 三顧の礼
眼前に聳えるはセントス国の王都を守る外壁。
分厚く強固にして巨大な門は閉じられている。
城壁の上からは緊張した様子でこちらを伺う兵士諸君。
相対するのはこの俺、ドラゴン!
「たのもーう!」
「撃てーーー!」
降り注ぐ矢の嵐。投擲される無数の投げ槍。脱兎の如くサヨナラする俺ドラゴン。
あいつら無茶苦茶だ! 命の恩人に対してなんたる仕打ちよ!
はっ、そういえば俺のサイズ縮んでる! そうか。それで分からなかったのかも。
再び門の前へ向かって歩き近づく。敵意はないよ、と諸手を挙げながら。
しかし見張りの兵士には緊張が走る。ガッチガチやぞ。君たち、落ち着きたたまえ。争いあうなど虚しいことよ。俺達は分かり合える。
さあ、見たまえ、この俺の威厳ある姿を!
魔力全開放出。膨れあがる筋肉、膨張する肉体、密度を増し更に強固となる鱗。
都合二度目の変身であるが、既にこの程度の技術、造作もない。何故なら俺には本能さんが付いているからな!
この姿を見よ! 城壁にも迫るこの巨体――いや、でかいな、この壁。俺より頭三つ分くらい高い。流石は戦争真っ最中の王都。並々ならぬ力の入れ様だ。
へ、ヘンッだ。ショックなんか受けてないんだからね! 俺だって生物としてはなかなかのもんですよ。気を取り直していこう。この姿なら相手も受け入れてくれるだろう。
「オッス! 俺ドラゴン!」
「撃ち殺せ-!」
矢に槍に、今度は大砲まで持ち出してドッカンドッカン撃ってきた。ちょ、おま、火薬兵器まで持ちだして!
う、撃ったね! ……二度も撃った!
もうやらないからな。誰が二度と下手になんて出てやるものか……。
俺は駆けた。王都とは逆の方向に、全力で。
しかし、これは退却ではない。助走だ。そう、空へ飛び上がるための!
そして、飛んだ。風に乗り、空へと舞い上がる。そして旋回、百八十度の方向転換。
この俺ドラゴンを二度も退けたと浮かれていた兵共はこぞって狼狽え騒ぎ出す。三度の撃退を試みようと弓を撃つ者、槍を投げる者もいた。
しかし、無駄だよ。
空を舞う相手に対し、貴様ら地を這う人間共のなんと脆弱なことか! 大砲なんざ砲口を向けることすら適わぬ。
ふはっははは! 怯えろ。逃げ惑え。己の無力さを噛みしめろ。そしてこの俺に仕掛けたことを後悔するが良い。
今日がセントス国最後の日だ! はーっはっはっはーっ!
混乱し、怒号が飛び交い、逃げ惑う人々。
気付けば壁の内側は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
はっはっはっ……なにやってんだ、俺…………。
血の気が引いて、一瞬で冷静さを取り戻した。そして思い出される当初の目的。
頭の悪い自分に代わり作戦を練ってくれる参謀を求めて、俺はこの王都へとやってきた。だというのに、門前払い以下の対応に頭が沸いてこの様である。
これだけやらかしておいて「姫殿下貸してください。俺専属の軍師として!」とか、どの口で言えるというのか。
てへぺろ、では許されない空気が、この街に溢れていた。
◆
「ドラゴン殿! 貴殿は先日のドラゴンであろう! どうか、どうか鎮まってくれー!」
声が、聞こえた。
城の中でも一際高い塔のバルコニーから、どこかで見たような騎士が両手を振ってこちらに呼びかけている。
おお……おお、騎士A! 騎士Aじゃないか!
地獄に仏とは正にこのことだ。助けてくれ。俺と人類の仲を取り持ってくれたまえ。
「おーい! 数日ぶり!
ていうか、ちょっと助けてくださいな。なんで君ら問答無用で攻撃してくるのさ。ぷるぷる、ぼくわるいドラゴンじゃないよう」
「ぷるぷる?
や、申し訳ない! 姫殿下が襲われ逃げ戻ったことで皆が警戒しているのだ! 謝って済むことではないが、どうか怒りを鎮めて欲しい!」
「怒ってないし、怒らないから。ちょいと君の口から説明してやってくれよ。俺が姫殿下のこと助けたんだぜ、友達だぜ、てな!」
知り合いを見つけて気が抜けた拍子に、魔力が霧散し元のちんまい子供ドラゴンに戻ってしまった。丁度いいのでそのまま騎士Aの立つバルコニーへひゅるりらと降り立つ。
「なんか、大騒ぎになっちゃったけど、これ、俺のせいと違うよね? 俺、問答無用で襲われた側だし。不可抗力だよね?」
「え、ええ、はい。むしろ姫殿下を助けて頂いたというのに仇で返してしまい、申し訳なく思います。
ところで、その姿は?」
「いやほら、でかいまんまじゃ威圧感もあるし? 人様の家にお邪魔するには不便だし? このくらいのサイズがお手軽かな、ていう。ほら、あの、なんていうか。気づかい? みたいな」
責任逃れ&「僕、気ぃ使ってますねん」アピール。
こっちが元の姿なのに、さも「あなた方に合わせました」と言わんばかりの説明をしてみました。こういう気の回し方が人付き合いでは大切だと思うのです。まる。
「なんていうんですか、先日は、折角の姫殿下のお言葉を妨げちゃったものですから、流石に失礼だったかな~、なんて思い返した次第でしてね? 一回くらいちゃんと挨拶しといた方がいいかな、なんてね? 思っちゃったりしちゃったもので。
まあ、でも、アポ無しで突然訪ねてきたのも無礼だったかな! そこんとこ、ごめんね!」
「そうでしたか。ドラゴン殿には恩義があります故、姫殿下もおいそれとは断りますまい。早速伝えて参ります故、客室にてお待ち頂けますか?
その、少々お時間がかかるやもしれませんが……」
騎士Aのおかげですんなり客室へと案内され、あっさりと姫殿下へのアポイントも取り付けることができた。
部屋から立ち去る騎士Aの後ろ姿を見送る。
結果オーライ。
案外なるようになるもんだと悟った俺であった。




