7 最上の一手
ぞりっ。
――と、嫌な音が聞こえて、視界の半分が赤く染まる。いや訂正、結構な割合で真っ暗闇だ。つまり、なんというか、穂先で角膜を削り取られて――
「―――――っ――――っ!」
声にもならん、この痛み。そして片目が見えなくなるという恐怖。取り返しの付かない怪我。怪我って言うか欠損ですよ。
お、落ち着け。呼吸を整えろ。
角膜は……確か、再生する。自然治癒が可能だ。前世でコンタクトレンズ作った時にそんな話聞いた。がっつり削り取られたみたいだけど……いけるか?
もっと奥、水晶体まで達していた場合は――うーん? イモリは再生するって理科の授業で聞いたぞ。同じは虫類のドラゴンですが、どうでしょう。
「……ふーっ、ふーっ」
「ふはははは。無駄に苦しめるのは好みではないが、なかなかどうして、よくかわすではないか。そのしぶとさは褒めてやろう」
「ほ、ほへいふふひへへほ……」
あかん、舌が回らん。あと、頭もボーッとしてきて何言ってるか自分で分からない。
――ち、治癒、魔法、を。
未だに成功率ゼロ。所詮タンクでしかない俺には魔法が使えた試しがない。せめて痛み止めの役目だけでも果たしてくれれば御の字だ。
まともな発音なんて出来ないので呪文は省略。魔力だけを力の限り放出。知覚できないのでよく分からないが脱力感は感じる。ガンガンに垂れ流せているはずだ。
「む? おお、これは――」
ふっふっふ、見えるか、魔王よ。この俺ドラゴンの全開の魔力が!
恐れよ!
怯め!
そして気圧されたなら逃げたって良いんだよ? いや、むしろ積極的に逃げてくれないかなぁ!
俺の決死の念に本当に気圧されたのか、後退りする自称魔王。先ほどまでの大口叩いて威圧してきた姿が嘘のようだ。滑稽だよ。今のお前、小さく見えるぜ!
ん? ていうか、物理的に小さくなってない?
いつの間にか、「見下ろす俺」と「見上げる奴」という構図になっている。おかしいね、向こうさんの方が馬プラス人の上半身で大分背が高かったはずなのだが。
――あ、痛くない。おお、もしや、初の魔法成功なんじゃあないですかぁっ! 血も止まった! 目も見える! 鱗も更に頑丈そうなものに生え変わり、グレードアップだ!
「――ふ、ふは……なんなのだ貴様。これは、もう、小さき者とは呼べぬな」
自称魔王が見上げる眼に映る者。膨れあがった筋肉の塊に堅い鱗、鋭く長く凶悪な爪、広げられた巨大な翼膜、轟音を唸らせしなる尾。
小さな山にも匹敵するその巨体。キング・オブ・ファンタジー、ドラゴン。
すなわち俺!
端的に申し上げる。
「でっかくなっちゃった!」
◆
「ふざけているのか貴様ぁぁぁぁぁぁっ!!」
激高し、ご自慢の槍を振りかぶる自称魔王。手加減された一撃でも鱗を飛ばされ為されるがままであったが、今の俺であれば――痛い痛い痛い! やっぱり痛い!
うおおおお、劇的パワーアップで楽勝展開かと思いきや、流石魔王侮り難し。普通に痛い。めっちゃ痛い。
だがしかし堪えきった! 素晴らしいぞ天然の鎧。傷は付いても吹き飛ばされない!
されるがままも癪なので反撃。精一杯腕を伸ばしての爪ひっかき! 敵はでかいくせに俊敏なのでかわされてしまったが、地面を深々と抉りとるこの威力。我ながら惚れ惚れするぜ。
「ぐぬうっ、やるではないか。
『******、***************【強化】!』」
おっと、武器に魔力を纏わせたな。強化魔法か?
しかしなんだね、こいつの呪文は何言ってるか分からない。魔族の魔法は言語体系が異なるのかね。
「ぬん!」
「そいやっ!」
突撃の勢いと溜めた力を乗せた重い一撃が放たれる。それを片手の爪全部集めてぶつけ、迎撃。
「くっ、弾き返すか!」
「叩き折るつもりだったんだけどな」
これがまた硬いのなんのって。弾いた衝撃が前腕から伝って、肘まで痺れた。
「ちくしょう。いいよな、魔法使える奴は!」
「くはははは、貴様、それだけの魔力を持ち腐らせているのか。ならばお手本を見せてやらねばならんなぁ」
しまった。余計なこと言った。
いや、敵の力を知ることは今後のために繋がる。むしろラッキー!
「見せてみろ! 堪えきってみせたらぁっ!」
「その意気や良し! と言いたいところだが、それもここまでよ。
『******************【闇の錐】』」
練られた魔力の量にまず驚き、目の前に現れた大きな黒い何かにギョッとし、『当たるとまずい!』という本能さんの忠告に従い必死で仰け反る。そのままの勢いで転がりなんとか斜線上から逃げることが出来たが、当たっていたらと思うとゾッとする。
真っ直ぐ進むだけの魔法のようだが、射出速度は凄まじく速い。そして描いた軌跡には禍々しい闇の残像が残り、うねうねとミミズのようにのたうって霧散していく。気持ち悪い。
思わず俺の持つドラゴンの荘厳なイメージとはかけ離れた、無様な回避方法をとってしまった。いや、これは今更か。それより良くかわしたよ俺。そしてありがとう本能さん。
「お、おおお、恐ろしい物を放ちやがって。殺す気か!」
「無論、殺すとも。しかし……かわされるとはな……」
おやおや、ご自慢の一撃を無駄にさせてしまったねえ。落胆させてしまったかな? すまんなあ、擦るくらいしてやるべきだったか。すまんなあ! がっはっは!
……あ、これ違う! しれっと左手に魔力を溜めてやがる!
「【細切】」
「バッ!」
自称魔王の魔法発動とほぼ同時に羽根で風を起こし、息を吹き付け、ついでに気合いで吹っ飛ばす。マンガでいう「気合い砲」のイメージだったが、勢いでやった割には上手くいった。
風圧に押されて転げ回る自称魔王。その周囲の土や岩やなんかがみじん切りにされて散っていった。
あの野郎、とんでもねぇな。
「騙し討ちとは卑怯なり!」
「ふはははは、気付いていたのだろう。ならば騙し討ちとは言わんよ」
「屁理屈ぬかすなこんちくしょーーーーー!」
「むっ! 来るか!」
十分な距離がとれたところで、口を開き突進をかける。退治する奴は俺を返り討ちにするべく身構えていた。
ふっはっは、ひっかかったな!
俺の突撃に堪えるべく足を踏ん張ったのが運の尽きよ。元より噛み付くつもりなど無く、勢いを殺さぬよう全速力で敵の頭上を飛び越えた。そして羽を広げて全速離脱!
敵の虚を突き、思いもよらぬ行動に出る。これぞ兵法の基本よ。そして「逃げるが一の手」と言うのだ!
作戦名は『いのちをだいじに』。
はるか後方から負け馬の罵倒が聞こえるが、生憎遠すぎて何言ってるか分からんよ。
はーっはっはっはっ! 生き延びた! 魔王相手に生き延びたぞー!




