3 決意
「それではフル殿。マイナ様にあの回復魔法を見せて頂けますか」
「わ、わかりまひた!」
噛んでる。噛んでる。緊張で体カッチカチやぞ。
しかし流石に手慣れたもので、魔法をしくじる様子はない。俺に対して魔力を集中し、魔法を発動する。
「まあ、これは……」
魔法使う→驚く、の流れをぽけら~っとして眺める俺ドラゴン。この時間、やることなくて暇なんだよね。
「いかがですか?」
「想像以上です。そしてこの魔力――コート様から聖女様へ渡されていたようですが……」
「は、はい。実は、あの、その通りです。わたしの実力ではなくて」
「いいえ。どうかご自分を卑下なさらないで。多分、私では――コート様、失礼ながら私にも回復魔法をかけさせてください」
「どうぞどうぞ」
恐縮するフルをやんわりたしなめ、俺に向き合う老女。フルと同じ呪文を唱えて魔力を集中させている。大祭司だけあって恐ろしく強い魔力量だ。それも、何となく神々しい感じ。魔力の質が違うのか? 人によってこうも変わるものか。
まあ、でも、総量だけで言えばフルの方が上かな。ふふん。ちょっとだけ優越感。
「やはり。私ではコート様の魔力を借りることは出来ないようです。これも聖女としての資質なのですよ」
衝撃の事実発覚である。そういえばフル以外で試したことなかったな。
そして個人でフルと俺の合算魔力量に迫れる老女に脱帽である。神殿の大祭司という立場は伊達じゃない。老女、侮り難し。
「ではやはり、神託の聖女はフル殿で間違いない、と」
「ええ。疑う余地はありません」
それまで柔らかな笑みを浮かべ続けていた老女が、やおら真剣な顔をしてフルと向き合い、そしてゆっくりと頭を下げた。
「神託の聖女、フル様。どうぞこの神殿で、巫女としての修行を積んでくださいませ。そしてゆくゆくは私の後を継いで頂きたく」
「え……ええっ!」
突然のことに戸惑うフル。そうだよね。自他共に認める田舎娘だもんね。ここに来たのだって半分はトラスタについてきたかったからだろうしね。
拒否してもいいさ。批難する者がいれば俺が相手になろう。どちらに転ぶとしても時間が必要かな。焦ることはない。ゆっくりでいいんだ。
だが、フルは俺やトラスタと視線を交わしたあと、大きく息を吸って、言った。
「よろしくお願いします。わたしは、わたしの出来ることを、一生懸命頑張ります。ご指導お願いします」
言った。さほど時間を置かずに言った。自分の置かれた境遇を受け入れて、言った。
決意自体は村を出る時からしていたはずだ。親父さんとお母様に話しているのも聞いていた。しかし、俺が思っていたよりもその決意は固いらしく。聖女と呼ばれた事を重く受けとめていたらしく……。
フルのことを守らなければ。
そう考えてついてきたが、無用のことだったかもしれない。
フルは俺みたいな草食ドラゴンよりも余程しっかりしていて、しかり考えていて、しっかり役割を果たそうとしていて……。
それに比べて俺は……俺は、覚悟が足りていなかった。
◆
運命とかいうものは信じていない。
自分が女神の残した子供だというのも信じていない。
フルが聖女と呼ばれているのも、実は、未だに何かの間違いだと思っている。
しかし、自分で決めたというのなら話は別だ。
フルは自分の役割を受け入れた。周りから押しつけられた「聖女」というレッテルを。
それを否定してはいけない。彼女自身の意志なのだから。
じゃあ、俺はどうする?
とてもじゃないが、女神様の後釜なんてガラじゃあない。やるつもりも、実力も、丸っきりない。
しかし。しかしだ!
俺も決めた。自分の意志で。
元々村を出る時から、フル同様俺だって決意していたことがある。
そして今日この時を以て、フルに触発されてではあるが、余計に腹が据わった。
元々怠惰に生きるために始めたペット生活だというのに、流れ流れてどえらいことになったものである。自堕落生活はしばらくお預けかな。
◆
そうと決まればキリキリいきまっせ!
フルの聖女認定が正式なものとなったところで後日お城に登城。王様に会うのかと思ったら城の中の騎士団詰め所と訓練所で騎士の皆々様に挨拶しただけでした。
そしてトラスタは一時的に騎士団を離れ、聖女の専任護衛に。浮かれるフル、嫉妬を覚える俺。とりあえず足を踏んでおいた。
その後、神殿へ戻り、早速始まるフルの修行。とはいえ、最初はやっぱり見習いなので礼儀作法や座学や掃除洗濯炊事もろもろの雑務から始まるわけで。ミッション系スクールの学生になったみたいな。ミッション系スクールに通った覚えがないからイメージだけど。
寝室も同じような年頃の女の子と四人部屋。最初は人見知りしていたフルだが、しばらく寝食を共にするうちに仲良くなって友達ができたみたい。
――俺? 俺は、ほら、フルのペットだから、同じ部屋で良かったんだけどさ。
何故か、トラスタと同室に……。
さて、フルが巫女として修行している間、俺が何をしていたかというと。
挨拶回りだ。
フルの身辺警護はトラスタに任せ、鈍重騎士様の財布の中身で菓子折なんぞ買い、お偉いさん方に配って回ってた。
「うちの子が今度からお世話になるんですけどぉ、見ての通りの田舎者なんでぇ、粗相もするでしょうけどぉ、そこは一つ、皆様の大らかな気持ちで許して頂けたらなぁ、なんてぇ。
あ、これ、つまらないものなんですけど。いえいえ、決してそのようないやらしいものでは――ええ、どうぞどうぞ。ほんの、気持ちですので」
なんつってね。
別に、賄賂的なものではないですから。親心から来る心付けですから。
大祭司の老女から俺のことを聞いていた者も多く、すんなりといきましたよ。やはり聖職者といえど権威には弱いのですかねぇ。へっへっへっ。
そんなこんなで一月経ちまして。
フルの都会暮らしも熟れてきたようで。
フルを良く思わない派閥もあったりしたけど密かに××したり対立派閥に目を光らせてもらったりなんかもしちゃったりしちゃって。
だから、その、なんだ。
名残惜しくはあるのだけれども。
そろそろかな、って思ってきたりもして。
うん、さて、フルの所に行こう。
明日から、しばらくお別れだ。




