2 希望
「やあ、お待たせ。悪かったね。道中で説明しようにも、あの鎧のせいで口がきけなくてさ」
待ったよ。本当、待ったよ。
お互い自己紹介が終わったところで貴賓室に通されたのだが、向かい合って座る老女の雰囲気に飲まれて俺もフルも緊張し通しであった。折角もてなしてもらった紅茶も一口すら付けられず、すっかり冷めてしまった。
「フル殿は緊張されているようですね。では、改めて私からも紹介させて頂きます。
こちらは女神教の大祭司であるマイナ=エイトヴァー様です。女神様のお告げを授かった神託の巫女でもあるのですよ。
そして、こちらが神託の聖女であらせられます、フル殿です。お連れのドラゴンはコート殿」
「フルです。見ての通りの田舎者でして……恐縮です」
「コートです。ドラゴンやってます」
二人して頭を下げてご挨拶。
「どうぞ楽になさって下さい。こんなおばあちゃんを相手に緊張することなんてないわ」
とは言われても無理ッス。アウェー感半端ねえ。
「緊張するのは仕方ないですよ。私も最初にこの神殿を訪れた時はガチガチに固まってましたから」
「え、トラスタ様が?」
「フル殿は自分が場違いだと思っておられるようですが、私も同じだったのですよ。なにせ、私達の一族は、それはもう僻地と呼べるような場所にひっそり隠れ住んでいたわけですから。
こんな大都会の、一際大きな建物である神殿に突然連れてこられて、ゆっくりくつろぐなんて無理な話です」
「そうでしたね。貴方も、ふふふ、口がきけない程に強張っていました。ついこの間のように思い出せますよ」
しばし思い出に浸るように目を伏せ、次いでチラと俺を見た。
「貴方は、それ程緊張しているようには見えませんね」
「んなことないですけど。まあ、フル程ではないですね。あんまり神様とか信じてないんで」
なるだけ何気なく言ってみたのだが、フルは蒼い顔をして俺の口を塞ぎ平謝りを始めてしまった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。この子、少し口が悪くて! け、決して悪気があったわけではなくて……っ!」
「いいのですよ。信仰は心に従って行うものです。無理に信じろ、敬えと強要する方がおかしいのですから」
おお、なんという出来た発言。大人の対応だ。
しかし周囲の人間までそうかというと、異なる。特にトラスタ。口元を真一文字に結んでジッと俺を見ている。ガン付けてんのか、やるか、この野郎。
「申し訳ありません、マイナ様。人払いをお願いします」
「まあ……穏やかではありませんね。なにか、秘密の話でも?」
「はい。是非、内密に」
いつになく真剣なトラスタの意を汲んだのか、お付きの二人に目配せをして退室を促す老女。やれやれ、それじゃあ俺達も席を外しますか。
「あ、いや、フル殿とコート殿は残って頂きたい。主にコート殿についての話なので」
「俺?」
「はい。実は、フル殿の故郷の村にはバルシェン殿がおられたのです」
「まあ、彼の英雄が?」
英雄! ぶはっ!
おっと、つい吹き出してしまった。
しかし、英雄か。あのじいさん有名なのかな。とてもそうは見えない好々爺なんだけど。
「バルシェンさんって有名なんですか?」
「ええ、とても。私がこの神殿に仕えるようになった頃には国中で知らぬ者はいない程でした。冒険者を引退してからは行方知れずと聞いていましたが、そう、聖女様の村にお住まいでしたのね……」
神妙な顔になる老女を見て、「あー、これまた運命とか考えてる顔だわー」と思いうんざりする。どうしてこの世界の人間は偶然を偶然と思ってくれないのかね。
「バルシェン殿の推察では、もしやコート殿はクシュレッダ様の申し子ではないか。もっとはっきり言えば、邪神に挑む前に残した、女神の御子なのではないか、と」
おーっと、爆弾発言出ました。じいさんの妄言信じて確信のないことを報告しちゃっていいものかね?
話を聞いた老女は驚きもせず、しかし神妙な表情でこちらに視線を向けてきた。
「……そう。そうなのですね」
「いや、違うんで」
なんか納得しかけちゃってる感じだが、マジ別もんなんで。自分、ただの孤児ドラゴンなんで。女神とか知らんし。
「ぶっちゃけた話、俺は世界平和とか興味ないんで。フルが心配だから付いてきただけで、自分の周りさえ平穏なら割かしどうでもいいです。女神とか邪神とか全然関係ないッス」
「だが君は否応なく巻き込まれるよ。関係ないと言いつつ、神の死を知っていた君は」
「いや、それは適当なこと言っただけで……。
大体、それってじいさんが適当に話した妄言だろ? あっさり信じちゃっていいわけ?」
「コートったら。バルシェンさんは適当なことは言わないわ」
「そうね、彼の英雄が軽率に口にするとは思えない内容です」
「推察を裏付ける状況証拠も揃いすぎている。偶然で済ませられる範疇にはないよ」
おーっとっとっと、完全アウェー。フルまでこれでは逃げ場無しじゃあないか。
「なあ、ばあちゃん。俺みたいなちっぽけな奴が、女神様の関係者なわけないだろう。そんな雰囲気皆無でしょ?」
ほらね? と両手を広げて戯けてみせる。俺はこういう軽いノリの適当ドラゴンなのだ。
しかし。
「いいえ。初めてお目にした時から、その身に宿す神々しい輝きを僅かながら察しておりました。
コート様、貴方様はきっと、女神クシュレッダ様の残された希望に間違いありません」
椅子から降り、深々と頭を垂れる老女。
本当、やめてください。そういうの困るんで……。




