21 度重なる偶然
「わたし、行きます。行きたいです!」
フル、君はそう言うだろうと思っていたよ。
しかし、しかしだね! 世間というものは思った以上に厳しい。田舎と都会では生活も人当たりも虫の鳴き声すらも違うのだよ。
果たして君に堪えられるだろうか。急激な環境の変化に対応できるだろうか。都会への憧れや、誰かへの恋心だけで容易く乗り越えられるものではない。険しいのだ。厳しいのだ。渡る世間は鬼ばかりなのだ。
だから、敢えて、俺が言おう。
「反対だ!」
言った。口にしてしまった。人の言葉を!
初めてフルと出会った時、日本語を口にして怯えさせてしまった。そのことを反省して今日の今まで喋らずにいたが、もう限界だ。じいさんには任せておけない。
俺が直接説得する!
「コート。どうして……」
案の定、フルは俺を見て悲しそうな顔をして――あれ、あんまり驚いてないな。
「何故反対するの? コートなら応援してくれると思ったのに。一緒に――来てくれないの?」
あ、そっち? いや、フルが行くなら行くけど。ていうか、俺ついて行っていいの?
「彼女に不自由はさせない。この私が約束する。
危ない場所へ行くこともあるかもしれないが……必ず、守る! 絶対にだ!
それに、子供とはいえドラゴンである君が一緒に来てくれるなら心強い。君だって、フル殿の近くにいたいから反対なのだろう?」
「お、ちょ、タンマ。その前に、一旦驚く下りをやってくれないか?
『え、ドラゴンが喋った!』みたいな」
「ええ? あなた、初めてあった時から喋ってたじゃない」
「ドラゴンは人語を解すると伝え聞いている」
「だから言ったじゃろう。ドラゴンはそういうものじゃと」
三者三様、「なんで今更そういう事言うの?」みたいな、キョトンな感じ。
つまり、あれだ。いつも通り、俺一人が間抜けだったのだ。
「ごげぎげががががが……お、俺のこの数ヶ月はなんだったんだ……」
「ショックを受け取るところ悪いが、話を進めてくれんかのう」
「ぐぬぬ……いや、しかしその通りだ。俺は反対だぁっ! そんな男にノコノコついて行くなんてお父さん許しませんよ!」
「お父さんて……。でもね、コート、神託まで下ったのだからこれは運命なのよ。神様に逆らうなんて許されないわ」
「いやいやいや、神託とか言ってるけどそれが本当かどうか分からないじゃない。それに神託の女神がフルかどうかも曖昧みたいだし」
「君は――神託を疑うというのか……」
フルと話す隣で、愕然とするトラスタ。信じられない、と顔を青冷めている。
「コート!」
「ええ、逆でしょう? そんなの無条件に信じる方がおかしいよ! 大体、神は死んだんだ!」
地球での話だがな。ニーチェが言ってただけだが。
すると青冷めていたトラスタが膝から崩れ落ち、呟いた。
「まさか……そのことを知っていただなんて……」
あれ、マジで神様死んだの?
「トラスタ様?」
「……どういうことか、聞かせてもらえますかな?」
二人の様子を見て覚悟を決めたのか、トラスタは立ち上がり真剣な顔で警告を告げる。
「その様子ではお二人はご存じなかったのですね。このことは……絶対に、他言無用でお願いします。
聖神である女神クシュレッダ様は、邪神ディオガンテからの最後の闘いを受けられ――相打ちになられた、と。その後数ヶ月間、新たな神託はありません」
わー、嘘から出た誠だわ-。って、数ヶ月前かい。
「じゃあ聖女の神託も数ヶ月以上前なわけだ。その間探しに来なかったのはなんでよ?」
「『火の山の麓』といっても、火山なんていくつもあるからね。『災い蔓延る』と仰ったとおり、危険な場所から探していた。
この村に危機が訪れたのは最近のことだろう? それまでは平和な寒村という認識だったんだ」
「あー、確かに」
でも実際は着々と侵攻が進んでたわけだ。数ヶ月の間に、サイクロプス召還の準備が整うくらいには。
あ、いや、それだと神託で出た場所はここだということになる。違う違う、偶然! 単なる偶然だ!
「まあ、なんだ、やっぱりフルが聖女だって証拠はないんだな。他の火山の麓にも誰かしらいるだろう。諦めて帰んなさい」
「いや、間違いない。彼女こそが聖女だ!」
しつこいね君も。
「火山の麓の森で異変が起こったと騎士団に知らせがあったこと。
先ほど見せてもらったフル殿の強大な魔力。
そして、神の死すら知っていた君という存在。
これら全てが偶然だとは、私には思えない」
「いや、偶然だろう」
怖いわー。信心深い人って自分に都合良く解釈するんだなー。本当これ、怖いわー。
「運命なのよ。きっと、全部が一つの方向に向かって動いているんだわ。神の御意志で!」
あれ、フルまで感化されてる!
「女神クシュレッダ様は竜の御姿を借りて現世に顕在された事があるという。チビよ、ドラゴンであるお前さんがいることで、神託の信憑性は増しておるのじゃよ」
じいさんまで――はぁ~、もう、皆して神様神様って。
「偶然だって。だって、俺、ただの子供ドラゴンだよ」
「そう、ドラゴンの子供、なのじゃよ。
女神が邪神と戦ったのが数ヶ月前、お前さんが生まれたのも数ヶ月前。
火山口には巣が用意されておったのに、傍らに親の姿は無し。
そして、お前さんがこの村に現れてからしばらくして、この魔物騒ぎじゃ。
これが果たして偶然かのう?」
フルとトラスタの二人が驚きを交えた神妙な顔で俺を見ている。
いや、君ら、ドングリが主食の俺に何を期待しているというのか。
もー。じいさんが妄想混じりで変なこと言うからぁ……。




