13 お祝いの準備
人の成功に嫉妬してふて腐れるとはなんたることか。
自分の小物っぷりをまざまざと見せつけられた気分だ。
反省しよう。反省する。よし、反省した。
そして反省したならば、家族として、フルのことを祝ってやらねばなるまい。
さて、どのようにお祝いしたものか。
指輪やネックレスなどの小洒落たアクセサリーなんか女の子向けで良いと思うのだが、生憎と手に入れる手段がない。却下。
花束でお祝いなんてベタとはいえ良いと思うのだが、前世で見たテレビ調査では「嬉しくない贈り物」ランキングの割と上位に位置していた。フルがどう思うかは分からないが、もしも花束が嬉しくないタイプであったら追い打ちである。却下。
ここは無難に、豪勢な食事かな。ウサギを捕まえて差し出した時の、あの嬉しそうな顔を思い出す。実績のある鉄板プレゼントだ。
どうせ捕まえるなら食い出のある獲物が良い。食べきれないほどあれば、俺へのお裾分けも期待できるしね。
◆
と、いうわけで早速森へと立ち寄ってみたわけだが……。
嫌な気配がする。これはなんだろう。空気が重いというか、禍々しいというか……。
俺の第六感が「近寄らない方がいい」と警鐘を鳴らしている。しかし他方では「放っておいてはいけない」と奮い立つ心がある。
あれ、これってひょっとして――本能さんが仕事してる?
ドラゴンとしての本能が危険を察知し、立ち向かえと発破を掛けている。そんな気がする。
危ないことは御免だが、とりあえず様子を見るだけならいいだろう。手に負えないと分かったらじいさんに丸投げしてやる。腐っても元冒険者だし、村の守り手とか自称していたくらいだ、トラブル解決はお手の物だろう。
そろり、そろり。気配を殺して、嫌な予感のする方へと進む。
するとどうだろう、漂う血の臭い、聞こえる獣の唸り声、ぐっちゃぐっちゃと肉を咀嚼する汚らしい音。
わお、最低。
これ絶対、生の肉貪ってるよ。野蛮だわ。俺みたいな文化人には理解できないわ。
こんなことをする肉食系は一体どんな野獣かと思いきや、遠目で視認したその姿は思った以上に野性味に溢れていた。
まず、目測で背丈は二メートル以上ある。今の俺の倍だ。
体中毛むくじゃらで、肩幅は広く、筋肉質である。
そして「自分、武器です」と主張する爪! 牙! それから角!
分かりやすく言うと、熊だ。ただし、腕が四本あって頭には角が生えている。
ひゃー、アカン、化け物や。こいつはプリチーな赤ちゃんドラゴン(つまり俺)には手に負えない。
この世界固有の動物の一種かもしれないが、俺の感覚からすればこのように呼称するのが正しいだろう。
こいつは『怪物』だ。
弱肉強食の立場で言えば、彼は食べる側。俺は食べられる側。
ドングリ食ってしょぼくれてるドラゴンに勝ち目はない。
逃げよう。
俺の決断は早かった。が、しかし相手が動き出すのも早かった。
不意に、目が合ってしまったのだ。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーー!」
馬鹿な俺は堪らず叫んでしまった。
そして食事を邪魔された彼は吠えながらこちらへ突っ込んでくる!
恐怖! そこから陥るパニック!
俺は無我夢中で逃げた。形振りなど構っていられない。時に木の幹にぶつかりながら、時に足を滑らせ転がりながら、一目散に逃げ出した。
しかし、君、知っているかね。熊って足速いんだぜ。確か時速五十~六十キロ。車と並走できるらしい。そんな輩から逃げ出すことの無謀さよ。
あっという間に追いつかれた。
鋭い爪は鱗を突き破り、俺の肉を掴んで引き寄せる。
痛いなんてもんじゃない。むしろ熱い。痛覚の閾値を一瞬で振り切ってしまった。
更には牙を突き立て、ドラゴンの堅い鱗ごと食おうとしてくる。
もはやこの時点で、恐怖の感情は消え失せ、頭の中は真っ白になった。それこそ、野生の本能に身を任せ、彼と同じように爪と牙を武器に立ち向かった。
奴には腕が二本多くついていたが、俺には尻尾があった。足を取り体勢を崩して、そのまま上にのしかかり、爪で裂き牙を立てる。
まさに死闘と呼ぶにふさわしい、命と命のせめぎ合いであった。
途中の詳細は割愛する。なぜなら覚えていないから。
気付いた時には血溜まりの上に立ち、怪物の死体を見下ろしていた。
俺は生き残ったのだ。
本能さん、ありがとう。頑丈な身体にありがとう。俺は強者でした。
◆
俺は興奮していたのだろう。戦いの中でアドレナリンがどぱどぱ出ていたはずだ。よせばいいのに、獲物を自慢しようと息絶えたそれを引きずって村まで帰った。
当然、村は大混乱だ。皆が遠巻きに俺を見て青冷めている。
ああ、この雰囲気、初めて村を訪れた時と同じだな。
違うのは、こちらへ近づいてくる人影が二つあること。
村の守り手であるじいさんと、俺の飼い主である、普通の女の子の、フル。
怖がらせたか。心配させたか。また、後悔が胸中を満たす。
そこで力尽き、倒れた。
意識を失う前に最後の力を振り絞り、じいさんにだけ聞こえるよう、小声で囁いた。
「今夜は……熊鍋パーティーだ……」
頭上から「お前さん、ぶれないのう」と呆れた声が聞こえた気がした。
放っとけ。




