7 魔法に魅せられて
じいさん宅で読み聞かせをしてもらったあとのことである。
フルとその家族達が、庭に繋がれた俺を心配そうに覗き見ていた。そのことには気付いていたが、俺自身がそれどころではなかったので黙殺していた。
「おいおい、どうしたんだコートのやつは」
「それが……バルシェンさんの家で****を見せてもらってからあんな感じで」
「**してんのか? しかしありゃ、ちょっと***だぞ……」
所々聞き取れないが、言わんとしていることは分かる。鬼気迫る雰囲気と行動が不気味だと言っているのだろう。立場が逆なら俺もそう思うはずだ。
ペットが自分の手を傷付けては、ガウガウ鳴きながら傷口に手を当てているのだ。
別に自傷行為に目覚めた訳ではない。無論、魔法の練習だ。
なにせ魔法だ。それを目の前で見せられたのだ。興奮しない方が嘘というものだろう。
自分がドラゴンに転生したのだと気付いた時点で、この世界は剣と魔法のファンタジーワールドなのだと分かっていた。
いや、期待していた、だろうか。
なにせこの安閑とした平和な村での日々は、まさしくただの田舎生活だった。時折狩りに出かける村人も、精々が弓矢やナイフを武器とするだけだ。剣も盾も鎧装備もお目にかかれた例が無い。
だが、ついに、目の前に現れた。魔法が。まさしくファンタジーである、回復魔法というものが。
俺にも出来ないかと考えるのも致し方ないだろう。
俺にも出来るはずだと試してしまうのは仕方がないだろう。
なので家に着いてからは延々と、自分の手を爪で傷付けては回復魔法を試みる、と言う行為を続けている。
難点は痛いこと、傷がすぐ治ってしまうこと、そもそも呪文がきちんと聞き取れていないことだ。
ドラゴンだからって痛覚がない訳ではない。ので、切り傷程度であってもやはり痛いものは痛い。
ところが、ドラゴンだからなのか傷の治りが異様に早い。血は一瞬で止まるし、傷もあっという間に塞がってしまう。自動で回復魔法かかってんじゃないかと疑ってしまうくらいだ。なんかもう、苛々してきてザックリ深い傷でも付けてやろうかと思うくらいだ。もんのすごーく痛そうだからやらないが。
そして一番の問題、言葉の習得不足で回復魔法の呪文が完全には聞き取れていないということ。もし魔法というものが一言一句違わず発音する必要があるならば、俺のやっていることはただただ馬鹿が自分を傷付けるという無駄な行為に他ならない。
しかし、むかーしむかし、こういう話を聞いたことがある。
お経とか祝詞というものは、言葉ではなくで音程が重要なのだ、と。ぶっちゃけ言葉自体は「あー」だの「うー」だの言ってても良くて、ドレミの音階やリズムが正しければありがたーい御利益があるのだ、と。
本当かどうかなんて知らない。宗教なんて興味がなかったし。しかし、「インドで生まれたお経が日本語でも通用するのはそういう理由だったのか!」と感銘を受けた記憶があったので覚えていた。
繰り返すが、本当かどうかなんて知らない。今現在、言葉の分からない自分でも魔法が使えるのだと信じるために記憶の底から引きずり出してきただけだ。
結果として、未だ魔法は使えていない。
しかし呪文は関係ないと思うのだ。だって、呪文が正確でなければいけないなら、それを聞く「誰か」が必要になるのだから。
精霊とか言う奴がこの世界には居るのか?
神様なんて実在するのか?
……んー、まあ、ファンタジーだし一概には否定できないのだけれど、どうにもピンとこないんだよなぁ。
論理的にはうまく言えないが、気持ちの上では否定したい。
だって、もしそんな過保護な神様が居るなら、何故俺は一匹であの過酷な火山口に産み落とされたのだ。せめて独り立ちするまで面倒見てくれる親が居ててくれても良いんじゃないか? どうなのよ神様、そこんとこ答えて下さいよ。教えてくれたらちょっとくらいは信じてあげますよ、神様。
――返事はない。はい、神は居ない。ニーチェ風に言うなら「神は死んだ」!
トライ&エラーを延々と繰り返す。呪文が分からないのでガウガウ鳴きながら「治れ!」、「治れ!」と念じ続ける。しかし一向に傷口が光る様子はない。じいさんの時は微かな光が灯ったのに。
◆
村の人間が眠りにつき、月と星空以外の明かりが消えた時、試しに人間の言葉で呪文を唱えてみた。
「神のほにゃららをここに。神の子たる我らうんたらの傷をかんたら給え。【ヒール】」
……駄目か。
まぁ、呪文もきちんと言えてないから、当然といえば当然なのだが。
はぁ~、流石に疲れた。
仰向けに寝転がり星空を見上げる。
そもそも、ドラゴンって魔法使えるのか?
魔法の原動力からしてなんなのか。魔力か? マジックパワーか? そんなものが存在するのか?
ゲームみたいに知力が足りないとかいう理由で使えないのだったらショックだ。現ドラゴンだが元人間なのだから。精神力が低いと言うのも同じ理由で嫌。信仰心が足りないとかだったら納得なのだけれど。
おっと、疲れていたせいか変な考えに捕らわれてしまった。ゲームはゲームだ、現実とは違う。
今日はもう寝よう。
明日からまた、ひたすら練習あるのみだ。口笛だって最初はできないが、反復練習を繰り返して習得してきた。指パッチンも、ペン回しも、一輪車に乗るのだってひたすら練習あるのみだった。
目を閉じてからも頭の中は魔法のことで一杯だった。
ふふ、これが趣味に生きるってことなのかな……。




