6 貴方は神を信じますか?
本読みたいな~。
杭に繋がれ日向ぼっこしている時、ふと思いついた。
フルと一緒に遊んだり、ガキ共と一緒に走り回ったりもするが、こうして寝て過ごす日も少なくはない。そういう日が続くと、ぶっちゃけ暇だ。
今生では怠惰に過ごすと決めたものの、何もしたくない訳ではない。多忙な時期の余暇は贅沢だが、長すぎる暇は苦痛だ。
暇潰しの手段として読書はすばらしく有効だと思う。なんせこの世には読み切れないほどの書物がある――はずだ。あるよね? あれ、そういえばこちらの世界に来てから本の背表紙すら見たことがないような……。
ははーん、さては発明されてないな、活版印刷術。手書きで写すから一冊が高価で、しかも誤字ありあり、ものによっては字がへたくそで読みにくい。なるほどなるほど。ファンタジーあるあるですな。
しかし俺はそんな時代でも本のある場所を知っている。
それは宗教関係の施設である。
仏教しかり、キリスト教しかり、イスラム教しかり。聖書や教典といったものが必ずある。
ただし、この村には神社も寺も教会もない。詰んだコレ! と諦めるのはまだ早い。宗教施設はないが、冠婚葬祭を取り仕切る人物はいる。
村長っぽいあのじいさんだ(ただし、「ぽい」だけで実は村長ではなかった)。
◆
善は急げである。フルを呼び出しじいさんの家までついてきてもらう。
「おや、フルかい。どうしたね、チビと一緒にうちを****なんて*****」
「えっと、この子が****引っ張って来たの。コート、バルシェンさんに用事があるの?」
「グァ!」
手刀を切りつつ玄関からお邪魔します。フルが慌てて止めようとしてくるが、じいさんは気にした様子もなく微笑んでこちらを見守っている。
リビングまで進み辺りを見回すと、目論見通りお目当てのものを発見した。ハードカバーの分厚い本が棚に一冊。おそらくこれが聖書だろう。手作り感溢れるすごく立派な装丁だ。
本を取り出すとテーブルの上へ置き、催促するように叩いてみせる。
「ふぅむ。読め、と言っておるのかな?」
「グァ」
「ふむふむ。お前さんがどこで**のことを知ったのか分からんが、興味があるというのなら読み聞かせてやろうではないか。***だからお前さんも一緒に勉強していきなさい」
「え~……」
おっと、すごく嫌そうな顔。フルは勉強が嫌いか。ははは、俺もだよ。
だがやるぜ。今後の暇潰しのためにな。
乗り気なじいさんを座らせ、正面に本を置く。ページを開き、文字を指でなぞり読むように催促。
「分かった分かった、ほれ、お前さんもそこに座りなさい。
えー、では。
『前書き。
この本が**で*******多くの**書を分かりやすく**するための役に立つことを**に願う。**というものは深い**と***に渡る――』」
分からない言葉も多いので必然理解できない文字もたくさんあるが、致し方ない。なんせ俺の知る限りこの村には一冊しか本がないのだ。
この国で使われている文字はアルファベットと同じ表音文字であるらしい。文法も日本のSOV(主語・目的語・動詞)型よりは欧米なんかのSVO(主語・動詞・目的語)に近いようだ。といっても日本語と簡単な英語・中国語しか分からないので正確ではないが。「日本語の並びとは違うな」と漠然と感じる程度のものである。
「『――**別に分けられる**のうち、本書で主に扱うのは俗に****と呼ばれる****である。神に***身であればその**を疑う余地などありはしないが、しかしながら神の愛は**的で**するものであるため、例えその**を信じぬ***者達であってもこれを用いて――』」
前書きに「分かりやすく」とか書いてあった気がするが、随分と難しい言葉が多用されている。元になった書物はどれほど難解なものだったのか。フルなんか必死に眠気と戦って船を漕ぎ始めている。
それでも所々に「神」と言う言葉が見受けられるので、聖書であるという俺の見立ては間違っていなかったらしい。
「『――のために、本来**出来ないはずの――』、おや?
やれやれ、チビが熱心に聞いておるというのにお前さんときたら。
退屈なのは分からんでもないがのう……そうじゃな、もう少し*****学べるように、まずは実践してみせようかの」
そういうとじいさんは席を立ちどこかへ行ってしまった。フルはバツが悪そうに誤魔化し笑いを浮かべている。
実践か。聖書で何を実践するというのだろうか。結婚式のまね事でもするつもりだろうか。そしたら俺が新郎で、フルが新婦役だね。ち、ち、ち、誓いのキッスとかしちゃうのかな?
とか妄想していたら、じいさんが戻ってきた。物騒にもナイフを携えて。
ご乱心である。
読み聞かせで眠気を誘われたからといって、お仕置きに刃物は酷すぎる。さてはボケたか!
と思いきや、あろう事かこのじいさん、ナイフで自分の左人差し指を傷つけた。ひゃー、完全に痴呆始まっとるー! あまりにも唐突な出来事に、眠気の吹っ飛んだフルも顔を青冷めていた。
「慌てるでない。ほれ。
『神の**をここに。神の子たる我ら***の傷を**給え。【ヒール】』」
じいさんが呪文を唱えると、ケガをした指先が僅かに光り、みるみるうちに傷が塞がっていった。
驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。
てっきり聖書だとばかり思い込んでいたが、違ったらしい。この本は、きっと、初心者向けの魔法の指南書だ。
そう、じいさんが「実践」してみせたのは、剣と魔法の世界をファンタジーたらしめる奇跡の御業、回復魔法であった。




