3 初めての戦い
――どうしてこうなった。
当初の予定では、この小さな村でマスコット的人気を手中に収めペットのネコよろしくわがまま気ままに自由を謳歌するはずであった。
ところがどっこい。
首には丈夫な首輪が。そこからはこれまた丈夫な鎖が伸び、大きな杭に繋がれている。
今日という日が晴れていて良かった。もしも天気が崩れていたら、雨に涙を隠して泣いていたことだろう。
これ、ネコ扱いじゃないね。番犬代わりだね。
ちなみにここは女の子の家の庭先だ。
杭をしっかりと地面に打ち付けた親父さんが満足げに笑っている。
いやいやいや、おやっさん、頼んますよ。屋根付きの家をプリーズ。犬だって犬小屋作ってもらえるんだよ。あいつら一軒家の主だよ。どっこい、この俺、ドラゴンが、の、野ざらしですかぁーっ! なんだよこの過酷な生活環境。信頼の証か? 丈夫な体に期待しての宿無し生活ですか? 風呂(マグマ)付きの実家に帰ろうかしら。
女の子も流石にこれはあんまりだと思ったのだろう、親父さんに意見してくれている。相変わらず何言ってるか分からないけど俺のために頑張ってくれているのは分かる。
ありがとう女の子。ガンバレ女の子! フレー、フレー、女の子! まだ名前知らなくてごめんね女の子! あ、なんで渋々頷いてるの女の子! 諦めちゃ駄目だ女の子! 粘って! お願い! 変温動物に夜の寒さは辛いからぁっ!
そんな切なる心の声も届かず。親父さんは女の子の説得を完了、二人して家の中に入っていった。
そりゃないぜベイベ―。
と、いうわけで俺も何食わぬ顔をして家の中に入る(杭は抜いた)。
◆
扉を開けると、親父さんが困った顔をして苦笑い。
追い出されちゃ敵わんので首を傾げて目で「どうしたの?」と問いかける。それはもう不思議そうに。ぼく、家にいちゃいけないの? うるうる、てなもんだ。
親父さんは根がいい人なのだろう。杭を抜いたことにも、勝手に扉を開けて入ってきたことにも怒りはしなかった。
しかし、一方で意志の強い人なのだろう。俺の頭を撫でつつも体を使って押し出そうとしてくる。
抵抗してもしょうがないので素直に外へ出る。そして回り込んで窓を開け、よっこらせ、と侵入。振り返る親父さんと目が合った。
お、口元が引きつっている。何か話しかけてくるが生憎こちらの言葉は分からなくてね。まぁ、言わんとしていることは何となくだが分かる。「困ったやつだ」とか、「さあ、出て行くんだ」とか、海外ドラマの和訳みたいなベタな言葉を口にしているのだろう。多分。
はいはい、分かりましたよ。出ますよ。そんな力一杯押し返さなくても大丈夫ですよ。
押されるがままに窓から後退。したらば回り込んで玄関から入る。そして当然親父さんと目が合い、追い出される。ならば窓から! と思いきや親父さんがダッシュで窓に向かう気配を感じて慌てて玄関へ。フェイント成功だ。親父さんは「してやられた」とばかりに頭を掻きむしり、こちらへ猛ダッシュで近寄ってくる。
どらごん は にげだした。
どらごん は まわりこんだ。
しかし まど には かぎ が かけられている。
あ、ちっくしょう。親父さん、すげー勝ち誇った顔で閉め出された俺を見ている。玄関に回り込むが当然こちらも鍵が掛けられていた。
ぐぬぬ。やってくれるじゃないか。
いいだろう。今回は俺の負けにしておいてやろう。
ふて腐れながらも引っこ抜いた杭をまた同じ場所に尻尾で打ち付けた。
◆
辺りが暗くなり室内のランプに火が灯る頃、そこかしこからいい匂いが漂ってくる。
夕食の時間である。
思えば、生後すぐにたまごの殻を食べて以来何も口にしていない。する必要がないのだから一向に構わないのだが、腹が減らないこの身体とて、味を感じる舌があるのだからご相伴に与るのも吝かではない。
さて、何が出て来ますやら。女の子の家から香るこの匂いは、シチューかな? 乳製品のクリーミーさが鼻孔をくすぐって来ますな。主食のパンを添えてね。目玉焼きなんかも一品加えちゃったりするのかな? この匂いから連想される、ファンタジーな村人の食事風景ってそんな感じ。おそらくそう大きく外れてはいないだろう。人間だった頃より鼻は利くのだ。
まぁ、今や畜生の身ですからね。人様のペットになったわけですしね。そう贅沢は申しませんともさ。寒空の下冷えた身体に温かいシチューは非常にありがたいけれど、まあ、残り物のちょっと冷めた所を少々頂けるってところですかね。それでも十分に感謝だ。なにせ久方ぶりの食事を口にするのだから。
そわそわしながら、その時をジッと待った。ドラゴン畜生のエサの時間なんてご主人様方のお食事の後でしょうからね。これでも身の程は弁えているのです。
そしてついに玄関は開かれ、深皿片手に親父さんがやってきた。こういう役割は女の子かお母様が担当かと思いきや、まさかの親父さん。家庭内の立場弱いんスか? ああ、いえいえ、嘘ですよ旦那。へっへっへっ。
地面にコトリと置かれた深皿。その上にはドングリっぽい木の実がひのふの……十五粒くらい。
俺はきょとんとした顔で、親父さんと深皿を交互に見返す。
あれ、なんだろ、これ。あの、シチュー……あれ?
親父さんは俺の額の部分を撫でながら理解の及ばぬ言葉を口にして、家の中へ帰って行った。うむ、分からん。分からんなりに、これを食えということは分かった。いや、まあ、いいんですけどね。いいんですけどねぇ?
一粒つまんで食べてみる。コリコリとした殻の下にぱさついた食感の渋い実があり、舌の上で何とも言えぬ――うーん? 一応ツッコんどくか。
わしゃリスかーいっ!
はい、ツッコんだところで食べるんですけどね。
あっという間に完食し、深皿は玄関の前に置いておく。
やることもないので、杭のそばに丸まり、眠りにつく。
今日から始まったわくわくペット生活は、俺の想定の遙か下を行くものであった。
もう一度言おう。
――どうしてこうなった。




