第95話 「赤い蓮華」
「魅烙」
その日の夜。俺は少しだけでいいからと魅烙を夜の公園へと呼び出した。
「……あ、こんばんは」
しかし、俺の顔を一目見るや自分の顔も曇らせて俺を覗き込む。
その目は、いつもと変わらぬ金色だ。
琥珀のような色をした目にじっと見つめられ。
俺は心底ドギマギすると同時に、彼女が次どんな行動に出るのか、観察していた。
残念なことに、魅烙は俺の予想の範疇を超えて抱き着いてきたわけだが。
斜め下からやってくるふわっとした感触と、彼女の香りが俺の不安感を吹き飛ばす。
彼女の露出度が多い分、その威力も絶大ということだろう。
「ずっと。……ずーっとネクサス君にこうしてあげたかった」
「……」
魅烙から語られる本心に、俺は答えることができない。
その、一言には何十倍何百倍と気持ちが詰まっていると察せれるほどだったからだ。
俺は物語でよくあるような、鈍感な人ではないと自分では思っている。
澪雫が俺に抱いている恋愛感情も、零璃が俺に抱いている恋愛感情に似て非なる感情にも気が付いているつもりだ。
さらに言ってしまえば、神御裂家姉妹の隠そうとして隠しきれてないものとか。
一歩間違えてしまえば恋愛から、憎悪に代わってしまうような魅烙の感情とか。
すべてわかっていて、俺は澪雫をまず選んだ。
「今日はどうしたの?」
「いや、魅烙の顔を見たかったから呼び出しただけ」
変なの、と小悪魔的ににやりと笑い。
魅烙は、俺から離れて片目を瞑ると何かを決意したような顔で問いかけてきた。
「今、魅烙と澪雫ちゃんのどちらかしか救えないとなったら、ネクサス君はどうする?」
何の冗談かとも思ったが、思えばそんなはずもなく。
魅烙の顔が、引き締まった緊張感のあるものであることを見てもそれが大真面目なことからくる質問であることはすぐにわかった。
俺を試しているのだろうか。
それとも、何かを悩ませることが目的なのか。
しかし、そこまで考えて俺は答える。
「両方救う」
「……そんなことが不可能でも?」
「不可能なことなんて何もない。命を一つ削るというのなら、その対象は俺か敵かだ」
決して、自分が格好つけているわけでも何でもなく。
俺は、尊敬している父親が有言実行でそれを実行して見せたから、尊敬の意として自分を捨てる。
魅烙も、俺が考えを曲げないのが分かったのかはぁとため息。
しかし、次の質問が待っていた。
「魅烙と、貴方の【ソキウス】メンバー全員となら?」
……なるほど。
彼女がどう返してくるのか楽しんでいる節もありそうだが、残念ながら俺はどちらも選べないんだよ。
「それなら俺が死ぬ。どうだ?」
「……自己犠牲がひどすぎない?」
「でも、俺の周りの人が死ぬよりかマシだろう」
それでも、貴方は死んじゃいけない存在なのだけどもね、と魅烙は皮肉な言葉を残して頷いた。
「自分の身分、わかってる?」
「……わかってるさー」
分かってはいるけれども。
まだ、俺の代は始まってすらいないからな。
「まだまだ、魅烙の中でもネクサス君の存在は多いんだからね」
「そのくらいわかってるし、俺の中でも魅烙の存在は確かに大きい」
それに、今は言えないけど明日勝利したら言いたいこともある。
「明後日。勝利したらいいたいことがある」
「……うん、待ってるね?」
澪雫はそれを承認したし、俺は親からそれを推奨されている。
だから、彼女に伝えなければならないことがある。
「何か、今いってもいいよ?」
「今はまだ、踏ん切りがついていないから」
仲間たちが俺を守りたがっている理由が、全く分かっていないから。
だから、俺は……。
「答えを見つけるために、この二日間全力でいかせてもらうよ」
今度はこちらのほうから、魅烙を抱きしめてすぐに離す。
ほわほわと夢心地な顔をしていた魅烙に手を振って、俺は自分の帰るべき場所へ歩を進めた。
「……さて」
約束がたくさん残っているからな。
 




