第94話 「感情の能力」
澪雫ちゃん視点。
「こんなことして、本当にいいの?」
ネクサス君のいない会議室は、一人抜けただけなのにすごく広いスペースを感じました。
全員満身創痍であるのはわかるのですが、しかし。
それだけではなく、ネクサス君本人がいないという。
たった一つのことで、みんなの精神力というか。
感情や思考など、精神的な面すべてが不安定になっていた気がしました。
「私たちの忠義と、あとはネクサス君が能力に開花してくれれば……いうことはないのですが……」
神御裂紅さんの質問に、私はうつむきながら答えます。
紅さんならわかってくれるでしょうけれども、しかし他のメンバーは首をかしげますよね。
……なぜ私たちだけこんなにも疲れなければいけないのかと、特に巻瀬ルナナさんは疑問に思っているでしょうから。
「アルカディア家の、才能の開花には特殊な条件が必要なのですよ」
「特別な理由? 普通、先天性に開花しなかった場合、努力で開花するか。それとも時期を待つかしかないと思うのです」
さすが研究職志望、といったところでしょうか。
ルナナさんは、一般論というか、現在そう思われている理論を持ち出してきました。
だけれども、アルカディア家は本当に特殊ですからね。
「【生きる伝説】【神羅の伝説】。……ルナナさんの心から信頼する、ネクサス君の父親は」
私が、その異名を口にすると、じりっと全員が半歩後ろに下がりました。
それほど、その言葉には力があるのでしょう。
世界を救った英雄。しかし、その開花の引き金は……。
「ネクスト・ブリザルド・アルカディア様は、【殺意】で覚醒しました」
もっとも、それは私が師範から教えていただいたものですけれども。
おそらく、これは神御裂家、痕猫家、関帝家などの銘家には伝わっているでしょうから、私としては全く問題はないのですけれどもね。
そもそも、「世界を滅亡から救った救世主」というところで、ネクサス君のお父上は美化されすぎていると思うのです。
師範も、結局は「救世主」の番、というか。
妻になってしまったので、アルカディア家の世界的影響力は一位なんでしょうけれども……。
だから、ネクサス君も……同様に期待されているのでしょうね。
「【殺意】……ああ、その話は聞いたことがある。……ただ、【伝説】は少なくとも、自分に害をなすような人にはその力を振るわなかったと聞いている」
「刑道さん、確かにそうですが。……でも」
でも、彼がその力を行使したのは。師範が傷つけられた時だけなんですよね。
そのほか、仲間を助けるためなら使ったこともあるかもしれませんけれども。
「私たちが、ネクサス君にとってそれほどの仲間になっているのかが問題」
紅さんは、それが一番の心配事のように項垂れていました。
ここまでやって、明日そのためだけに一方的にやるのですから。
確かに、作戦が成功しなかったらというものはあります。
ネクサス君、確かに能力面では強いですが。
強いのは確かなのですが、それも決して最強ではないのですよね。
とても、覚醒してくれないと目標には届きません。
「アルカディア家は、感情を能力に変換すると聞いたことがあります」
「それは、能力者ならある程度そうなのです」
「でも、普通の能力者は気持ちちょっとくらいでしょう?」
「たしかに、そうですけれども」
ルナナさんが、自信なさげに項垂れるのを確認して、私はしかし。逆に上を向く。
「……ネクサス君……」
 




