第90話 「第1日試合」
人の脇を通り過ぎる度に、人が倒れていく。
そんな現象を目にしたとき、その人に近づこうとするだろうか?
その状態が、今の相手側だろう。
無言、無言。
終始無言で走り回り、すれ違った人々を斬り伏せていく澪雫、紅、蒼の3人は、例えるならそう、まさしく【鎌鼬】の一言に尽きる。
「第2波、行くぞ!」
合図を送るのは、刑道だ。
スタジアムの床、その形を変えて巨大なパラボラアンテナのような形を作る。
と、同時にルナナが両手から超音波にも似た不快な音色を鳴り響かせ、耳栓など対策をしていなかった人々はそれで一瞬動きが固まった。
勿論、そこを3人の剣士が見逃すはずもなく。
本当に、俺の出る幕がないんじゃないかと思わせる程度には、強い。
「よっと」
鉄のブロックだろうか?
巨大な、それこそ1メートルの立方体を軽々と持ち上げ、向かってきた人に投げつけるのは零璃である。
可愛い顔、華奢な姿をしていてやることは言葉通り、鬼だ。
どこの鬼畜生が、こんなことをするのだろうか?
恐らく【雷】属性の能力者だろう、一人の男が零璃に向けて電流を流すが、それが効かなかったあたりやはりその程度の対策はしているということだろう。
「ねー、ネクサス」
「どうした零璃」
「ボクも、遊撃に回って良い?」
ただの単純作業が面倒になったのか、そう俺に問いかけてくる零璃。
俺は自分の身は自分で守れるため、問題ないと答えようとしていたのだが。
それよりも先に、刑道がダメだ! と叫ぶ。
「零璃、ダメだ」
「ええ?」
「俺たちの役目は、ここで命を引き替えとしても盟主を守ることだ」
どうも、お堅い頭をしている刑道。
しかし、「ちえ」と言葉をこぼしながらも、零璃は指示した位置に戻って先ほどのように攻撃を始めた。
勿論、この試合程度で人が死ぬことはない。
人に傷害を与えることはできるが、どうも何らかの結界が張られており、その中で人は殺せないというやばいものがあるらしい。
事故死や自殺も許さないため、自殺しようとすると死ぬような痛みを受けながらも死ねなくなる。
生き地獄だな。まあ、普通はこんなことにならない。
「安心してください、峰打ちですから」
そんなことを良いながらも、ばっさばっさとなぎ倒していく澪雫はほかの恐怖心を煽られる。
峰打ちというより、澪雫は本物よりも遥に重い練習用の偽刀を使っているのだ。
それは、神御裂家の二人もおなじ。
「でも本当……にっ! 手応えねえなっ!」
力んだところが、俺が相手を殴り落とした瞬間だ。
零璃が一度に相手できるのは3人なため、俺に一直線で来る人の場合、やっぱり護衛だけでは足りない。
さらに、俺は澪雫たちに「出来るだけ能力を貯蔵してください」と言われているからな。
ルナナは直接的な攻撃が絶望的なほどダメだったし、刑道はやると人が確実に死ぬ。
正直、魅烙が必要なのかも難しくなってきた。
ただ、魅烙は拳銃から狙撃銃までありとあらゆるものを使えるらしいから重宝するけれども。
「せいやー!」
そんな声がしたと思えば、空から影が落ちてくる。
零璃が柱を投げつけたのだ、それこそ本気で。
巨大な鉄柱は、サクッとスタジアムに刺さるが相手にもこちらにも被害はない。
「なんだ、虚仮威しか」
と相手が安堵するのも束の間。
零璃は、それを軽々と持ち上げると次は直線上に向かって投げつけたではないか。
風の抵抗を諸に受けながらも、その鉄柱は敵大将の場所に向かって突き進む。
幾人がそれを止めようとしても、その柱を護衛するように3人の剣士が居るのだから近づけない。
近づけても、一人二人が何になるというのか。
しかし鉄柱は、慌てて地面に伏せた敵大将の、真上を通り過ぎスタジアム横の壁に突き刺さってしまう。
それを見て、神御裂紅は「付与」と、つぶやく。
そして刀の身を撫でるようにすると、刀は赤く染まった。
赤く染まったそれは、まるで炎焔を宿しているかのようにゆらゆらと揺らめいているようにも見える。
あんな能力あったっけ? 特殊能力かな。
紅が、駆ける。
彼女が駆け抜けた所には、炎が後を引き。
それを止めようとした人々は、焼かれるようにしてなだれ込む羽目になってしまった。
あっという間に敵大将の目の前へ躍り出て、紅は……。
「終了」
何をやったかというと、紅は敵大将の胴を強く偽刀で打った。
ただそれだけなのだが、剣を抜いたところを俺は視認することが出来なかったし。
敵の大将は、大きく後ろへ吹き飛んだ。
直角に滑るように、後ろへ。
そして、壁に刺さった鉄柱に激突し、そして気を失った。
その結末は、誰でも容易に想像できるだろう。
「なんだか、組み手みたいだった」
今日のMVP、紅は汗一粒垂らさずに、そういう。
もっと白熱したものを望んだのだが、どうもさめているらしい。
「それは、俺たちに相手が見合わなかっただけだろ」
刑道は厳しい。彼はルナナの補助に徹しながらも、俺の護衛もしていたから汗がにじんでいる。
ルナナが彼を気遣うように手を伸ばしたが、「大丈夫」だと刑道。
「ふー、良い汗かいたね」
ところで、全く関係のないところでスポーツ感覚で居るのは。
一番えげつない形で攻撃を繰り返していた、零璃であった。
俺から手渡されたタオルを手に取り、汗を拭いて、スカートをばたばたさせる。
……はしたないぞ。
「こら」
「うー、ボク男だもん」
……あ、すっかり忘れていた。
って、そもそも女装少年の零璃がおかしいんだけどね。
それにしても、これが後6日続くのか。
面倒でしかないし、全く苦戦しないんだが……。
明日からは、違うことを願いたいものだ。
バトルのテンポ、とても、悪い
片言になるくらいには自覚してます……はい。
 




