第85話 「良くも悪くも」
「どうだ? 巻瀬さんの様子は」
「あの子、普段は天王子学園のカフェで、看板娘をやっているそうですよ」
試用期間。というか、もう完全に馴染んでしまった巻瀬ルナナの見定めは、澪雫が根負けして正式に。
彼女を、【ソキウス】の名に刻むことになった。
「元気いっぱいでいい子ですよね」
「……なんていうか、今まではよくも悪くも静かな女の子が多すぎたからな。……試用期間なんていらなかったんだがなぁ」
「ネクサス君は、そういう考えでしたけれど。もしどこかのスパイだったとかしたら、どうするんです?」
正直、ここにスパイには言った時点で何か得られる物があるかと考えてみれば、正直ない。
俺たちは、団体で強いわけではなくあくまでも現時点では個々の能力が集団として見事にマッチしているだけである。
「そういえば、次の公式試合って夏休み明けですよね」
「うん。……その前に、一つこなさなければいけないことがあるけどな」
どうも、天王子学園のでは『【ソキウス】に拠点を与えるな』という協定が暗黙の了解として結ばれていたらしい。
そもそも、【ソキウス】が結成されることすら一部の人たちには許容できなかったようで、数百人はそのときからこちらに攻めいりたかったのだとか。
「本当に残念なことです。……ええと、最初の戦いはいつですか?」
ぎらっ、と。
澪雫の、目は一気に鋭い雰囲気を含ませる物になっていた。
その目は、獲物を見据える猛禽類のような、そんなものだろうか。
残念ながら、とても怖い。先ほどまであった愛嬌というものが一気に消え去って、ある意味では悲惨なことになっている。
「明日だよ」
「……そうですか。……盟主の見立てでは、どうでしょうか。私たちは苦戦しますか?」
「一週間連戦になるけれども。最後のグループがいちばんやっぱりやばいかな」
1週間連戦。毎日試合というのはいかがなものだろうか。
1日、1時間だと仮定しても身体的疲労、精神的疲労は計り知れないというのに、それが7回。
「体調管理をちゃんとするように、皆にいっておいてくれ。……ところで巻瀬さんは、どんな能力を持っていたんだっけか」
「簡単に説明しますと、音波攻撃ですね」
「音波?」
これまた、珍しいものが。
俺はあの少女にさらなる期待を望むが、しかし澪雫の顔は険しげだ。
「正直、役に立つとは思えません」
「何故?」
「戦闘のセンスが皆無なんです。どうも、ここに来るまで名にもしていなかったようで」
むしろ、それが普通なんではないかと俺は思ってしまった。
能力者が人口半分、という現実には物が混じっている。
一つは、学者につきたい人。
この人たちは、学園……いや能力育成機関に、知識を学びにやってくる。
一つは、戦闘系の仕事に就きたい人。
この人たちは澪雫や神御裂家の姉妹だろうか、武術の道に進んだり、警察や能力警察など、自分の身を守るためにここにくる。
もう一つ、最初からすすむ道を決められている人々。
俺とか、ヴァロッサとかだ。
「必要のない人なんていないよ」
「……はい、すみません」
彼女は、いったい巻瀬さんになにを求めているのだろう。
音波攻撃なら、相手の三半規管を狂わせることだって可能で。
あ、でもそれなら俺たちは耳栓とかしないといけないのか。
そこは考えないとな。お互いの意志疎通をどうするか考えればいいが、でも一発逆転をねらえるとは思う。
「数年前、俺だってそういう人だったからね」
「……思い出せば、私も師範に教わるまでは絶望仕掛けてました、すみません」
しゅん、とした様子の澪雫の頭に、俺はじぶんの右手を乗せる。
「本当に必要のないものは、何の能力も持たない。どんな能力でも役に立つときは役に立つ」
「……?」
「それは明日見せよう」
【テキ】であっても、それは【敵】であって【的】ではない。
父親は仲間を信じ続けて、ああなったからなぁ。
俺は、それだけじゃ父親以上になれないため、ほかのこともしていこうとは思うけれど。
「ネクサス君、何故そんな難しそうな顔をするんです?」
「……してた?」
「はい」
やっぱり、父親のことは考えない方が良さそうだ。
今の俺ではまず追いつけないし、正直今なら瞬殺される。
でも、父親みたいにならなくてもいいと思ってるから、気分は幾分かマシだな。
ただ、追い越す。
「父親のことを考えてたんだ」
「あの、【伝説】などと誇称されているのは知っているのですが、どこまでの強さなのです?」
あー。
澪雫は、知らないんだっけ。
「剣は、確実に母親の方が強いな。丁度俺が澪雫にぼこぼこにされるくらい」
能力で自然回復、即時回復・体力回復を使ったらその限りじゃないけれども。
澪雫たちの使っている【涼野流剣術】は、体力をできるだけ使わないように、節約する。
それでも、限度はあるからほぼ無限にできる父親に分が悪いっていうか。
「能力の方はどうなんです?」
「一人で特に負担をかけなくても、生身で大都市一つ潰せるって例えればわかるか?」
「はい」
もちろん、町の人の抵抗なども考えてという面でわかるだろうか。
わかりやすい強さ。
今まで世界最高位の能力者と呼ばれていた人々よりも、数段強いのがネクスト・アルカディアという存在である。
勝てないというのが直感で、ていうか本能的にすぐわかるだろう。
能力戦闘系統の大会ではもちろん出禁喰らってるだけで。
確か、まともに戦ったのは20年前が最後。俺が生まれたときにはすでに本気を出す必要はなかったということだ。
「ネクサス君が父親を目指すなら、私は師範を目指しても問題はないと言うわけですね」
「おう。……数年後、正式に澪雫はそうなる可能性が高いし」
それがなにを意味するかが分かったのか、澪雫にはわかったのか顔を赤らめる。
澪雫の目的には、俺の母親に近づくということもあるから今のところ問題はなさそうだ。
あるとしたら……俺の母親を越えてしまった時だ。
「……残念ながら、全然届かないのですよ」
「ああ、それは。母親が剣1本ではなく、能力も少し使ってるからだ。澪雫は能力を使わないだろう?」
「……そうなのですか」
つくづく、悪い意味で俺の母親の劣化コピーだな。
母親の剣は、「【能力】に頼らない剣」であって、「【能力】を使わない剣」ではないのに。
だから、そこをまずは変えていかないとね。




