第80話 外伝「夏の夜 ver.NEXT」
「思えば、もうすぐ夏なのよね」
冷が、隣でつぶやく声が聞こえる。
今日は休みの日だ。たいていの事をするのは親父で、俺はその補助に徹しているのだが、ここ一週間はそんな場合でもなく、俺も仕事に駆り出されていた。
主に、父親のボディガードとして。
後継者の俺をボディガードとして選ぶのはいったいどういうことなのか、彼には1時間ほど問い詰めたいところだがそんなわけにもいかず、あっちこっち連れまわされていた。
今日も、休みとはいえ父親が外泊しているため、何か起こったときは俺が対応に当たるというわけだ。
「こういう仕事は、俺じゃなくてラストに教えるべきだろう」
「うーん、ラストくんも最近は忙しいんでしょう?」
ラスト、というのは俺の弟である。
学校でいえば学年は同じだが11か月の違いがあって、正直俺なんかよりも幾分か起用で、幾分か融通の効く性格をしていた。
そして、ラストは【剣聖】である冷よりも強い。
もともと、そういう称号や地位というものに興味のない性格だということで、剣聖を決定する戦いには結局行くことがなかったのだという。
「忙しいって言ってもなぁ」
「ねえ、ちょっと外に行ってもいい?」
「……いいけど、俺はついていけないぞ?」
下に降りたいのだろう、冷は俺に期待を込めた目で問いかけてきた。
が、俺が一緒にいけないことを知ると「面白くない」と頬を膨らませて肩を落とした。
明らかに、俺に依存していることくらいはわかっているのだが、そこもなんだか彼女が少女だったときのことを毎回のように思い出せて、いい気がする。
だからこそだろうか、そんなに気にしなくとも冷は俺から離れたりはしない。
その確信が俺にはあった。
「遊びに行きたいよー」
「……秋になったら、また日本に行く機会があるからその時まで我慢だな」
「ていうか、それは私が道場に行くんであって遊びじゃないもん」
つまらないよー、と。
20年ほど時間を逆行したような、退行した態度を示すときの彼女は、正直危険だ。
近いうちにどこかに連れていかないと、何が起こるかわからない。
「……そうだな、明日親父が帰ってくるし、その時にしよう」
「うん!」
冷は、可愛い。
その銀色のツーサイドアップも、その童顔も、その平均以下の胸も。
とにかく、俺にとっては最高の妻であり、今でも恋人である。
惰性で結婚しているわけでもなく、いつまでもカップルのままここまで来たのだ。
何回、お互いがお互いへ恋をし直しただろう。
喧嘩も特に起こらず、言い争いも数回しかなかったのはきっと、俺の考えていることを彼女がすべてわかっていたからだろうか。
そして、今こうやって。
子供のように抱き着いてきているのも、きっと俺が彼女を甘やかしているのを十分に彼女が分かっているからだと思う。
「あと、何年こうやって居れるんだろうね」
彼女の心配事は「愛情が続くのはいつまでなのか」というよりも「何年今のように動き回れるのか」という問題だろうか。
「能力者は老いも遅いし、基本的に衰弱するのも遅いから大丈夫だろう。……あと何十年も、一緒にいられるよ」
特に、俺は能力の使い過ぎで半分以上が人間ではなくなっている。
だからこそ、恐らく何十年かはこの姿のままで成長もしないだろう。
「そだね。……私たちは、ずっと一緒だもの」
そして、天国でも一緒だからねと。
彼女は、冗談でもなければ夢を見ているわけでもなく、俺といつまでも一緒にいられることを願っている。
それが、実際に実現可能だということが特に。
俺たちを、深く結びつけていた。
「……今頃、澪雫ちゃんとネクサスもうまくやってるかな」
「心配なのか?」
「うん。……澪雫ちゃんは私にそっくりだけど、ネクサスはあなたにそっくりじゃないもの」
「……霧氷澪雫は、冷みたいに精神不安定でもないけどな」
そう切り返せば、目の前の女性はぷくーと頬を膨らませる。
「あれは……」
「いいって。……あんな目には、もう二度と会うことはない」
俺が保証する。
そう彼女に伝えると、「そんなの分かってる」と彼女は俺を見もせずにつぶやいた。
「わかってる。全部わかってるから大丈夫なの」
「……それなら、俺からいうことは何もない」
命に代えても、俺は彼女を守る。
俺が22年前、彼女に言った言葉は、今までに6回達成された。
……次だって、いや。
何回だって、俺は約束を守ってやる。
そこに、俺の命の保障は勿論ないが、それでもいい。
クリスマス短編として、前日譚みたいな感じのを書きました!
よろしくお願いいたします!
http://ncode.syosetu.com/n2177cl/
 




