第79話 「特訓後ディナー」
「今日はこのくらいにしましょう」
澪雫のそんな声が聞こえて、俺は顔を上げた。
窓から外を見つめれば、そこは夕暮れ。
オレンジ色の空が、徐々に藍色へと変わりつつある。
「なんだか、全然成長していない気がする」
「そんなことない。……ネクサス君は、ちょっと遅いけど成長できてる」
俺が吐いた、弱音一歩手前の物を否定したのは、神御裂家の双子姉妹の片割れ、紅である。
約一ヶ月前から毎日一回も欠かさず俺は神御裂家双子姉妹と、澪雫に剣術を教わっていたのだが。
残念なことに、俺の中では確かな手応えは見つけられなかった。
自分では感じられないだけなのかもしれないが、しかし。
彼女達の太刀筋というのが正確な上に速い。
対して自分はしっかりしていないような気がするし、彼女達が目を瞑っていてもよけられるほどだ。
「うーん」
「まだ1ヶ月目だし、そんなに気に病むことでもないんじゃない?」
俺を元気づけてくれるのは、蒼の方だった。
決して、美少女に見ほれて惚けていたということはないはずなのに。ああ、でも美しいなぁ。
「そうそう、ネクサス君」
「ん?」
「今日は、集まるのかしら?」
紅は、きっと俺がどうしたいのか訊いているんだろう。
この数日間。確かに同盟のメンバーが集まる機会は確実に減った。
今日くらいは、いいか。
「そうだな、集まろう」
「じゃあ、なにか食材を持ってくる」
最近……正しくは澪雫とつきあうようになってから、彼女は毎日のように料理を振る舞ってくれる。
だから、料理のバランスとかは気にしなくなったし、気にする必要はなくなった。
乾麺を買いだめする必要もなくなったのだ。
「そうですね、では1時間後にネクサス君の部屋ということで、どうでしょう」
「……そうね。……澪雫さん、様になってる」
「そうですか? ……えへへ」
少々照れた彼女もなかなか。
そもそも「えへへ」なんて違和感を発することなく言葉にできる彼女が凄いのだ。
美しいし、可愛いし、性格もいい。家庭的で、献身的で、戦闘においても強い部類に入る。
この娘、正直理想以上のものである。
「では、私たちは何か買ってから帰りましょう」
紅と蒼がいそいそといるもの多目的室から出て行った後、準備を終わらせたらしい澪雫が俺の方を振り返った。
その姿は、どこか妖艶さも纏っていて、なんと言えばいいのか分からなくなる程度には美しく感じてしまう。
「弱くて、ごめん」
「……謝る必要なんてないのです。……かの生きる伝説であるネクスト様も、剣で師範には勝利したことがないと聞きます」
確かに、俺の親父はパラメーターの割り振りが自分でできるのなら、属性能力と【覚醒】という能力に殆ど割り振っていたような人である。
逆に、母親は能力がほぼ使えないため、逆に剣術にすべてをそそぎ込んだ。
そのため、母親から剣を取り上げると。
能力者の中では底辺レベルの分類に分けられる程度という、非常にアンバランスな存在なのだ。
父親から、能力を奪うことはできないけれどもな。
「でも、ネクサス君にもきっと素質はあります」
「ん?」
「師範が母親ですもの。私は信じていますから」
そういって、澪雫はほほえむ。
彼女の、そんな顔を見て俺は決意を毎回のようにみなおすのだった。
「おー。よく考えると、ここに集まるのは2週間ぶりかなぁ」
零璃の、開口一口目がこれだった。
授業ではたまにあったことがあるのだが、神御裂紅と神御裂蒼は特進クラスではないため、そろうと言うことはあまりない。
そのため、ちゃんと同盟でこう集まれるというのは、彼が言っている通りなかなかのものだろう。
「刑道は、何をやっていたんだ?」
「ネクサスたちが剣術をやってる間、陸駆先輩たちに能力の制御について貰っていたけれども」
ほう。
1年生の最初で、天王子学園序列20位の位置にいながらも、彼はまだまだ成長しようとしているらしい
大地を揺るがすほどの能力は持っているのにな。これ以上何を成長しようと思うのだろう。
……いやでも、俺でももっと上に行きたいと思うか。
「さて、私たちは夜ご飯を作るので。男性陣は、ゆっくりしてくださいね」
と、澪雫・紅・蒼の三人は小さなキッチンスペースに向かっていく。
そこに、零璃も行こうとしていたがさすがに引き留めた。
「えー?」
「容姿的にも、服装的にも女性だということは認めるがだめだ」
「ええ?」
「ただでさえ狭いんだぞ。……俺たちが拠点を何処かから奪取するか、また別の方法を見つけるまでまってくれないか?」
そうそう、同盟は拠点を構えることができるのだが、同盟の全体数よりも拠点の数が少ないため今は……ということである。
別に、俺の部屋を拠点にしても構わないのだが、さすがに訓練をする場所くらいは必要だろう?
だから、姉さんの同盟である【楽園】みたいに、何処かのビルがほしいところだ。
ビルというか、何というか。事務所ほどの大きさがあれば、十分ではあるけど。
今度、何処かのを校則に【則って】、【乗っ取る】というのはやった方がいいかもしれない。
 




