第78話 「通話後看病」
ネクスト視点
『ということで、最近の報告はこれにて』
受話器の向こうで、物静かな雰囲気をありありと漂わせた声が響いた。
俺はありがとう、と相手に返事をするとそのまま通話を終了させる。
そして、窓の外を何の気なしに見つめて、はぁとため息を吐いた。
「ネクサス、思った以上に成長していないらしい」
「……んー」
俺の話を聞き、顔を少しだけ歪ませたのは目の前にいる女性だ。
月の明かりのみが照明としてなりたっていたこの場で、彼女の銀髪は輝きを増しているようにも感じられる。
「【二足の草鞋を履く】とは言うけれども、ネクサスには早かったんじゃないかな」
彼女……冷は、俺の考えていることをそのまま口に出しているようだった。
「ネクサスは、貴方みたいに最初から才能に恵まれていた存在じゃなかったし」
「俺だって」
「それでも、貴方は先天的な才能の補正だけでも学園トップに立てていたでしょう?」
冷の言っていることは、約20年前の学園生活についてだろうか。
もちろん、確かにそうではあったのだが。
俺は、俺の両親の才能をほぼ完璧な状態で受け継いでいた。
だからこそ、今俺はネクサスの気持ちが分かりたくても、わからない。
「そういう担当は、俺じゃなくて冷だろう」
能力者でありながら、能力の才能をほとんど持てず。
それであっても、彼女は【努力】のみで今まで生きてきたんだから。
「そうかもね。……思えば、ネクストは自分の苦手とするものを直そうとはしていなかったものね」
「……ああ」
俺がバツの悪そうな顔をしたのに気付いたのか、悪戯っぽく彼女は目を細めるとそのまま俺のほうに体重を乗せてきた。
数時間飛行機に揺られていたからなのだろうか、今日の冷は元気がないようにも見える。
「疲れたのか」
「……ちょっとだけ、お昼にはしゃぎすぎたかも……」
月明かりでよく見えないが、少し顔も赤い気がする。
体調を崩しているのなら、ここで無理をさせることはしない方がいい。
彼女の身体を支えるようにして、抱き上げると。
その体は、思った以上に火照っていた。
「熱、あるんじゃないか? 昼に冬月たちといたとき、違和感は?」
「……なかった」
楽しみすぎた結果かな。
とりあえず、寝室まで運んでいくことにしよう。
結果、熱を測ると39度近く。
はしゃいだ結果としては少々ひどい気もした。
「熱い?」
彼女に言葉を投げかけると、冷は症状に自覚してからひどくなってきたのか、「寒い……」と消え入りそうな声で囁く。
看病には、俺ではなく使用人が数人名乗り出たのだが、全部断ってきた。
このくらいの事、といったら可笑しいか。
看病なんて、俺も彼女どちらも普段は実に健康体で。
こう、冷をベッドに寝かせて看病しているとどうも学生時代に戻ったような、感覚がして妙に懐かしさを感じる。
決して、普通の恋人関係ではなかったとは思うけれども。
「手、握ってくれる?」
「ん?」
冷の、声が聞こえた。
と同時に、俺は思考から意識を引きずり出されてベッドの上で眠っているはずの彼女を見上げる。
彼女は、ベッドランプの小さな明かりでもわかるほどに、顔を赤らめて天井を見つめていた。
そして、先ほどと同じ言葉を繰り返す。
「手、握ってくれる?」
「ん、いいけど」
両手で彼女の左手を包む。
彼女の手は、こちらが思っているよりも数倍冷たかった。
「……ネクストの手、いつ握ってもあたたかい……なぁ」
「そうか?」
「うん、そうだよ?」
そう呟く彼女の声は、どこかもの悲しげで、そして寂しげだ。
その視線にあてられていると、心の奥までが透かされているような気がして気恥ずかしくなるのは仕様だろうか。
「ちょっと、違うかもしれないけどな。ほら、能力的に俺は誰かを冷やすことしかできないんだ」
「そうじゃなくて、……なんていえばいいんだろう。こう、心情的な?」
心が温かいと、彼女は俺に対して言っているようだが……。
残念なことに、俺はそうでもない。
「もう20年も近くにいるんだからわかるだろう。……そこまでいい人でもないって」
「そうかなぁ。……だって、それは外敵に対する貴方の判断でしょう?」
……思った以上に、冷は俺の事を理解しているようだ。
確かに、俺は周りの人が幸せでいてくれれば、他の人がどうなろうが気にしないだろう。
世界には、犠牲がつきもの。
それを理解できている、といってしまえば逃げ道にはなるけれども。
「ええと、なんていえばいいんだろう……」
「考えすぎると、次は知恵熱で発熱するぞ。これ以上酷くなったらどうする」
本当は、知恵熱なんてものは存在しないらしい。
……科学的に証明されたのかどうかはわからないけれども。




