第77話 「夕食前コール」
「というわけなんだが、いったいどうすればいいと思う?」
夜、解散した後に俺はとある場所へと電話をかけていた。
相手は、俺の母親である。
幸い、まだ日本から飛び立っていないらしく、何をしているのかと問えば未だに親父と買い物を楽しんでいるのだという。
電話の奥から流れ込んでくる母親の声は、いかにもうきうきとしており楽しさをうかがえた。
『澪雫ちゃんは、良くも悪くも私に似せすぎたのが問題だってこと?』
「うん」
『やっぱり?』
先ほど神御裂家の双子姉妹、そして澪雫との座学の事について、報告をしていたのだが。
やはり、母親も澪雫の問題には気づいていたらしい。
「道場では、どんな感じだったんだ? よく考えれば、俺は澪雫のことを何も知らないんだ」
『それはあなたが、澪雫ちゃんの気持ちを少しずつひも解いてこそ価値がある……と言いたいところだけれども、今回は特殊だからヒントはあげる』
と、母親は俺にいくつかのヒントを与えてくれる。
俺が「ありがとう」と礼をいうと、母親である【剣聖】は『ちゃんと義務を果たしなさい』と釘を刺してきていた。
「どこまで頑張ればいいのやら、俺にはよくわからないけどな」
『大切にしなかったらみじん切りにするって、言ってなかった?』
「言ってた」
そんなにインパクトのあること、中々忘れることができないだろう。
親父は母親を命にかけて守り、同時に愛して見せたが両親はそれを俺にも求めているのだろう。
よろしい。できない願いではないし、そのくらいならやってみせる価値があるということ。
そのくらいなら。……そのくらいなら?
『とにかく、これからも澪雫ちゃんのことを大切にするんだよ?』
「……うん」
『もちろん、【涼野流剣術の一番弟子】じゃなくて、ネクサス・アルカディアの彼女として、ね』
「わかったよ」
返事をすると、受話器の先にいる母親は笑いを少しだけ抑えたような声を漏らした。
『じゃあ、これできるね』
「うん、ありがとう母さん」
母親に感謝の意をもう一度伝え、相手が電話を切るのを確認する。
そして、俺も通話を終了し、ベッドに向かってダイブする。
一人だけの夜というのは、久しぶりではなかろうか。
この土日は、澪雫が泊まりに来てくれたからいいものの、やっぱり誰もいないとこの部屋は思った以上に物寂しい。
「さて」
俺は布団の中にくるまってそのまま寝るという欲求から強引に目をそらし、起き上がると大きく伸びをする。
さすがに、今寝てしまったら夜眠れなくなってしまう。
まだ8時。これからどうしようか。
と、ここまで考えたとき……に最初に思いうかんだのはやっぱり澪雫だった。
「澪雫が迷惑じゃなければいいけど」
とりあえず、澪雫の部屋に行ってみよう。
話はそれからである。
「あ、ちょうどいいところに来ましたね」
「ん?」
彼女の部屋をノックすると、そこにあったのは純白のエプロンに身を包んだ澪雫だった。
美少女のエプロン姿、というワードがここまで魅力的に体現できる少女はいないだろう。
そう感じてしまう程度には、彼女の姿は様になっている。
「何が?」
「何がって……、今日の晩御飯は一緒に食べないんですか?」
俺がそういうとでも思っていたのか、少々不安げな表情を浮かべるのは俺を誘っている証拠だろうか。
いや、そうに違いない。
食べるに決まってるだろう!
「食べる」
「では、今日は私の部屋で食べましょうか。……どうぞいらっしゃいませ!」
うーん、可愛らしい。
彼氏を初めて自分の部屋に入れるというその、妙な恥じらいも彼女がやれば最高に様になっている。
完璧。文句を言える場所が見つからないのだ。
俺はいったい何をすればいいんだろう。
褒めちぎればいいのかな、それとも押し倒せばいいんだろうか。
「とりあえず、中に、どうぞ?」
……耳も蕩けそうだ。
 




