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蒼氷のゼニス  作者: 天御夜 釉
第1部:第1章
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第07話「入学式当日4」

 私……、魅烙みらくは他の二人と別れて自分の部屋に戻ると、制服を脱ぎ捨ててベッドに寝っ転がった。


 前々からずっと、彼には会いたかった。本当に小さい頃、物心のついた頃にあったきりだけど、その時から彼は、強さの片鱗を見せていた。


「私と違って、強い、人」


 声に出して、間接的に自分を自虐する。

 彼の前では決して、そんな顔は見せないけど、本当の私を知って欲しいというのもある。


 でも、私はその弱さをさらけ出すことすら出来ないくらい、弱いから。


「ねくさす、くん」


 彼の名前を呼ぶ。そう、物心がついていたころから、本能的に好いていた彼。

 それは、親の影響もあったから、かな。


 私のパパ、王牙おうがはネクサス君の母親である涼野すずのれいさんの幼なじみ。ママである華琉はるは、元々はネクサス君の父親のネクストさんに恋していた、らしい。


 遺伝子的にも、運命的にも私はネクサス君を好きになるはずだったのかな。

 今でも、ネクサス君と一緒にいるだけでも幸せになって。


 ネクサス君が、いないと体が疼く。


「ねくさす、くん……」


 今すぐにでも、彼の部屋に駆け込みたい。

 好きだって、伝えたい。


 でも、まだ二日目だから。

 伝えたら、絶対に怪しまれるよね。

 ……でも。


 一緒に、生きたい。


 身体が熱い。サウナの中に飛び込んだように、火照る。

 これは。熱?






------------------------------------


 雨が、降ってきた。

 四月、確かツユにはまだ早すぎる時期だとは知っているが、どうなんだろう?

 いや、普通の雨か。


 ドアを控えめに叩く音。

 俺はベッドから立ち上がり、ドアを開ける。


 そこにいたのは、顔色の悪い魅烙の姿。


「どうした?」

「……ちょっと、身体があつい、にゃ」


 熱かな?

 俺は一旦魅烙を招き入れ、ベッドに座らせて熱を測る。


 確かに、少々の熱はあるようだ。

 一人暮らしで動けなくなっても困るだろうと俺は判断を下し、魅烙を自身のベッドに寝かせる。


「にゃ……?」

「一体どうしたんだよ。……まあ、その服装だったら風邪を引きかねないとは思うけど」


 魅烙は、昨日のあれを来ていた。

 昨日、帰った後に布団を掛けず寝たんだろうか。少し不安だが、今頃風邪が発症したとしてもぜんぜん不自然ではない。


「明日の、歓迎会は休むか?」

「ネクサス、くんは行くの?」


 ついに猫語も出せなくなるほど体力が疲弊しているのか?

 ……うーん、一緒に寝ようとまでは行かないが、今日はここに泊めた方がいいかもしれない。


 魅烙は、俺の方を見つめると起きあがろうとする。


「迷惑、かけちゃうし……」

「俺の部屋に入ってきた時にもうその覚悟はしてる。良いから休めよ」


 でも、でもと彼女は駄々をこねるが如く俺の方をみる。

 それは少しだけ、何かに縋るような目をしていた。


 一体、俺に何を伝えようとしているのか。

 俺は全く分からず、彼女を見つめてしまう。


「……身体が、熱い……」

「ん、ちょっと待ってろ」


 俺は濡らしたタオルに力を込めると、タオルは見る見るうちに凍っていった。

 簡単にそれをたたみ、魅烙の髪をそっと払ってタオルを乗せる。


「んっ……つべたい」

「何か買ってくるよ。……何が良い?」

「……いらない、から。手、握って?」


 活発な魅烙も良いが、元気のないおとなしげな魅烙も良いな。

 ……って、何考えてるんだろうな、俺って。


 あれ?


「おねがい」

「……分かった」


 妙に艶がかかっている彼女の声は無視したくても無視できなかった。

 と同時に、彼女のあの扇情さは自然体であることを知る。


 俺は極力彼女を意識しないようにしながら、そっと手を握った。

 体温と共に、彼女の柔らかさが感じられて。

 魅烙はかすかに微笑む。


 そして、糸が切れたように意識を失った。







 魅烙が眠りについて、俺は何をするでもなく彼女の手を握ったまま考えていた。

 これが遺伝の力か、そう思ってしまうほど、それは俺の両親から聞いた話に似ていた。


 20数年の歴史は、繰り返されるとでもいいたいのか。

 それでも俺はかまわない。今もすでに期待されていることくらい分かっているんだけれども。

 でも、ほぼ同じ境遇にいる彼女みらくは?


「んっ……」


 吐息をこぼす魅烙。そんな姿をみて俺は無意識にもため息を吐いていた。

 彼女がどんだけ俺を好こうが、まだ2日目だ。


 俺にとっては、別に知り合い程度でしかなく。

 あのときだって、零璃れいりが何も言っていなければ、無視していた存在だろう。


 人にはよく極端だと言われる。関わりのある人にはとことん関わり、関わりのない人にはとことん関わらない俺の性格が異質なことくらい、俺は自分でも分かっている。



 ピロリンっ。



 そんな音がして、俺は数秒後になんの音か気づいて自分のケータイを確認した。

 着信音。差出人は不明。

 少し怪しいが、一応出てみることにしよう。


「もしもし」

『……今から指定する場所に来てね』


 聞き覚えのあるような、懐かしい響きの声だった。

 明らかに女性の声。しかし、それは今隣で熱を出している魅烙でも、俺を親の仇だとでも思っているほど嫌悪している霧氷むひょう澪雫みおでも、はたまた魅烙の母親でも、俺の母親でもない。


 むしろ、もっと幼い印象を受けた。

 下手をすれば10歳未満か? と感じてしまうほど幼い。


 俺は少しの間を持たせて、彼女に訊いた。


「……誰だ?」

『来てくれたら、すぐにわかるよ?』


 ふむ。

 この一言で、相手が俺のことを知っているということくらいは分かったが。


 こういうとき、俺の頭の中は完全に行かない方へと思考をシフトさせていっている。

 相手が誰か分からないのだ。全くの無関係、という訳ではなさそうだが。


『まあ、あなたの目標に近づくためのヒントをあげようかなって』

「なんだと?」


 目標……。

 まあ、目前のはゼニスの座、か。


 ふむ、おもしろい。








 指定場所は【天王子学園】、正校門から入って右に少し進んだ小さな建物の、だ。

 あからさまに怪しかったが、少々の危険は仕方がないと考えるべきか。

 少なくとも、俺には死にものぐるいで手に入れた力と、それを使いこなせるだけの技量がある。


 俺はかまわず、そこに向かうと。


 ……建物裏には、男がパッとみた感じで5人以上居た。

 まず間違いなく先輩だろう。男たちは、一斉に俺の方へ目を向ける。


 さて、罠の可能性が大きくなってきたぞ。

 俺は肩をすくめて来た道を後戻りしようときびすを返す……が。


 男の一人に肩を掴まれそれも不可能になる。


「何の用だ?」


 いや、道間違えました。

 そう言うわけにも行かず、俺は首を振るとそのまま逃げようとする。


「新入生か。……氷姫ヒョウキ目的かと思ったが……行け」

「ヒョウキ?」


 ……おっと?

 ヒョウキ、ということは氷の姫と普通は書くだろうから普通は女だよな……。


「その話、詳しく聞かせて欲しいですねー」


 俺は男の手を払うと、振り向いて笑みを浮かべた。

 時刻はすでに夕方だ。オレンジ色のペンキでぶちまけられたような夕暮れの空の下、俺と男たちは対峙していた。


「……ちょっと可愛がってやれ」


 先ほどまで俺の肩を掴んでいた男が周りの人たちに指示を出す。

 ということは、この人がこの中では一番ということになるのか?


 俺は怒号をあげながら突っかかってきた一人の男子生徒に向かって一歩踏み出す動作をした。

 と、共に世界がスローモーションになり、次の瞬間俺の拳は相手の頬に突き刺さっていた。


 そう、魅烙と絡んだ時に使った『ISC』である。戦闘関係のことなら大体は予備動作必要なし、元からトップスピードで動作を行うことが出来る。


「こいつ……氷姫と同じ……!?」


 男たちが戸惑っている間に、俺は手を振り払うような動作をした。


 同時に、吹き荒れるのは吹雪だ。

 冷気を纏った暴風が、最初っからマックスの風速で男たちに襲いかかる。


 その暴風は、まるで牙を剥き相手を食い荒らそうとする龍のようにも見えた。


「……っぐぅ!」


 男の一人が目を腕で隠し、苦悶の声を発しながら地面に手をつける。

 と、そこから地面が隆起。

 みるみるうちに壁が出来上がり、吹雪をせき止めようとした。


「脆い」


 俺はそう口を動かしつつ、しかし声には出さない。

 少し出力を強めれば、簡単にそれらは砕けてしまうだろう。


「……ふんっ!」


 俺は横に払っていた手を、次は上から下に振り下ろす。








「みんなどうしたの!?」


 吹雪が収まったころ、奥から一人の幼女が慌てて出てきていた。

 幼女だ。目は碧眼でころっとしていて、銀髪で髪の毛はロング。

 あどけない顔をしていて、どうみても10歳未満。


 そして声も、電話にあったとおり。


「……あ」


 そこで、俺は何かを思い出した。

 この顔、どこかで見たことがあるぞ?


 どこかで、ということ以前にこの人家族だ。


「……ネクサス、ちょっとやりすぎじゃない?」

「ここに出てくるってことは、さっきこの先輩たちが氷姫ってよんでいたのはこういうこと?」


 俺はその幼女を、まっすぐ見つめて言葉を言い放つ。








「この学園にいたんだね、姉さん」

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