第68話 「休日初デート1」
「澪雫、どうやって中心部までいこうか?」
ここ、別荘から東京の中心部まで歩いて何時間かかるんだろう。
とにかく、時間がかかるため電車とタクシーのどちらかを利用しようと思ったのだが、澪雫は両方とも必要ないと首を振った。
「ゆっくりでいいので、歩きましょう。……時間はいくらでもありますし」
悟られた形で思わず頷くと、澪雫はにこっと笑って前を向いた。
現在、昼前の10時半。
やっと店が開き始めたところだ。
シャッターのあがるガラガラといった声が聞こえ、商店街は活気にあふれ始めている。
「ネクサス君は……」
「ん?」
「ネクサス君は、外部の人から過剰な期待をされていても、動じないのですね」
彼女が俺に訊いたのは、学園内外のことだろう。
確かに、俺は両親とも有名人すぎるしそれこそ時の人だろう。
「動じる必要がないからな」
「と、言いますと?」
「両親は両親、俺は俺。まー今は劣化だけどな」
剣技はほぼ出来ないし、能力の才能はまだ開花していないから父親の数万分の1しか利用できていない。
俺は意識を集中しないと発動さえできないが、父親の能力使用は超能力ではなく、異能力……つまり呼吸をするように能力が使える域に達している。
それは、昨日のパーティに居た人なら全員だが。
「澪雫だって、能力は不得手だけど剣術は凄いんだろ?」
「……うーん、どうでしょうか」
「謙遜しなくとも、母親から聞いてるし」
「うにゅ」
たまに発する、澪雫らしからぬ声が可愛らしい。
しかし彼女は自信がなさそうに俯くと、ぎゅっと常時携帯している2本の小太刀を握った。
「まだ、師範には届いていません」
「剣聖と比べるのはさすがに無理だろ……」
言葉通り、正直言っちゃ悪いような気がするが格が違う。
だからこそ、澪雫はそれに追いつこうとしているというわけだ。
「そもそも、澪雫の領域に達するのだって才能もあるだろ。……努力だけで出来ることには限度があるし」
「それは……はい」
一度だけだが、俺は母親が門下生に教えているのをみたことがある。
東京にある道場で、外見は何かのスタジオのような場所だ。
ちらっと見ただけだが、目の前で乱舞のように剣や刀が人の手によって舞うその動きには、美しさもありながら確かに鋭さも持ち合わせていた。
母親に「涼野流剣術とはなにか」と問えば、「受け流し、払う」こと、つまりカウンターを主体としているらしい。
俺は「叩くついでに切る」ことを前提とした西洋剣をもってして、包丁で豆腐を切るようにダミーを切り裂く、そんな母親の剣筋を尊敬していた。
それを、きっと澪雫も目指しているのだと……は思うが。
「楽しいのか?」
「そうですね、訓練は楽しいです」
好きでやっていることですからね、と澪雫は柔らかい表情で微笑んだ。
親に言われて、とかではなく自分から剣術を学びたいと思って弟子入りしたのだから、最初からそのさいのうをもちあわせていたということなのだろうか。
そう考えれば、俺も能力を使えないことに自分で悔しくて、父親に無理を言って教わった。
その成果か、その所為か。
死にそうになって母親からストップされても、あきらめないで。
その結果が今の俺。
「最初は本当、貴方のお父様のようにネクサス君が才能の塊かと思いまして」
「……親父も、多分努力してたんじゃないかな。それよりも才能の方が表にでていたから、そういわれているだけで」
「とにかく、今では誤解も解けましたし。結果としてこういう関係になったのですから結果オーライというわけには行かないですかね?」
そう言って俺を見つめる少女、澪雫の目は。
心なしか少々潤んでおり、こちらの目をとらえて話さない。
勿論俺に反論の隙間なんて与えてくれない。
俺は渋々、というかもう彼女を見てこくこくと頷くしか無かった。
目の奥には銀河が広がっている。
そうたとえればいいのか、俺の少ない語彙ではそれでしか表現することが出来ない。
「ところで澪雫は最初にどこへいきたい?」
「……こういうのは初めてですから、どこへでも」
えっ。
……男と出かけたことすらないと言った少女の顔は、純粋無垢にこちらを見つめていた。
それが本当かどうか、俺は判断できないが。
剣術一筋ってどこまでなんだろうか、少々考えたあとで俺は思考の停止を脳に命じた。
「適当に店を回るか。……それにしても」
俺は、あと3回交差点を渡りきれれば到達するだろう巨大なオフィス街を見て、ため息を漏らす。
「……この光景は、なんというか異形だよな」
日本の首都、東京。
20年前の戦争の終了後、日本の科学力と属性能力の研究によって少々無理な建築をしても大丈夫なことが判明してから、それを繰り返して高層ビルの建ち並ぶ。
少し前の映画なら、これが近未来なSFの光景だと感じるだろう。
しかし、それは事実だ。この場所にはいるだけで時代が50年ほど巻き上げられた……と感じ取って仕舞う程度には成長過多になっている。
「澪雫の家ってどっちの方向なんだ?」
「私? 私はあっちです」
「ああ、能力者の出身なのか」
「平凡なですけれどもね」
澪雫が指さした先には、A級マンションの建ち並ぶ広大な住宅地域だ。
能力者が、この地球での人口で半分を上回ったのは記憶に新しい。
能力者は、数十年前までは異端の存在として煙たがられていたらしい。天王子学園の存在する意味も、元々は「能力者の制御・監視」が目的だったという。
しかし、今回の戦争で能力者ではない一般人はかなりの数を減らした。
能力者はもちろん、何の能力を持たない人よりも頑丈だし、力もある。
さらに、危険が何時も付きまとっているためか頭も良く回る個体が多い。
だからこそ、現在は「能力者>一般人」というのが広まっているのだ。
澪雫の出身が平凡な能力者だったとしても、A級の場所に住めるのはそれが原因である。
俺の母親は、元々大企業の令嬢だった。それでも父親の部屋を見て目をひん剥いたらしい。
……いや、アルカディア家がおかしいんだ。
そうだ、俺がふつうだと思ってはいけない。
「そういえば、ネクサス君は自分が【様】呼ばわりするひとをよく思いませんよね」
「様って呼ばれるような身分か?」
「ええ」
だって、国のトップじゃないですか。
そう澪雫は言うが、そうなっているのは俺ではなく祖父である。
「そもそも、へりくだって調子に乗るよりも……。父親みたいに成りたいんだよ俺は」
父親の資産。……それらを、よく思わない人も多い。
膨大すぎて何がなんやら分からない程あるらしいが、それは全て父親が自分で稼いだものだし。
「今は何をやってらっしゃるのです?」
「親父? 親父は国事とかじゃないかな。日本との会議とか多いみたいだし……」
天王子学園の金も、4分の1だったかそのくらいは出しているという。
6万人も生徒を抱えている場所だ、全世界から金を寄付して貰っても足りないらしいからな。




