第66話 「夜話ムーンライト」
「なんだか、疲れちゃいましたけど楽しかったです」
あのあと、花火を二人で見たりみんなが集まってきたり、いろいろとなんやかんやしたらやっと解散になった。
すでに日はまたいでいるし、王牙さんや姉さんたちはあそこに泊まるらしいし俺たちはどうしようかと考えていると、どうも俺たちも泊めてもらえるらしい。
「そうだな。……俺も楽しかった」
ほとんどの子供世代の人たちが寝たところで、俺は眠れずに先ほど澪雫と一緒にいたテラスにいるんだが、そこに彼女も居たのだ。
先ほどと変わらない美しさを湛えて。
「夏前だけど、そんな薄着でいたら風邪ひくぞ?」
「大丈夫です。極寒の冬でも、胴衣一枚で鍛錬をしていたので」
澪雫は涼しい顔だ。月明かりのわずかな光に照らされて、白銀の髪の毛はキラキラと輝いている。
息をのむほど恐ろしく美しい少女は、こちらをあどけない顔で見つめていた。
「どうしたのです? 何か顔についていますか?」
「……」
とっさに声を出すことすらできなかった。
それほど綺麗なのだ、彼女は。
「本当に大丈夫ですか?」
「……ああ、うん。大丈夫、大丈夫」
やっとの気持ちで少女の目から視線をそらし、俺は深呼吸をして自分の気分が落ち着いていることを確認した。
澪雫は先ほどから、心配そうな顔を崩さなかったが俺が返答をしたことによって釈然としないまま顔を戻す。
「そういえば、男性の方から交際を申し込まれたのは今回が初めてです」
「そうなのか? 美人だし、性格もいいからとっくのとうに何度か付き合っているのかと」
俺の言葉に、澪雫は首を振る。
どうも、澪雫は5歳の時に涼野流剣術の地元道場に通い始め、中学生のころにはすでに頭角を現し始めていたらしい。
「ずっと修練修練修練で、男っ気は全くありませんでした」
「でも、中学のときとか」
「んー、どうですかね」
まー、そのピュアな目を見つめてたらそんなことはなかったんだろうって予想はできるけれども。
しかし、どうしても信じられないっていうか、どう見ても人気がありそうなんだよな。
それこそ理想の大和撫子っぽいというか、なんというか。
「そんなことはどうでもいいのですよ。……今、私はネクサス君と一緒にいる、それだけでいいのです」
「そういってもらえると嬉しいよ」
この言葉は、本当に彼女が思っていることなのか、俺にはわからない。
もしかしたら、俺の母親により近い位置にいられるという意味で言っているのかも……と要らぬ妄想をして怖くなった。
が、そんな心配はないらしい。
「たぶん、私がネクサス君と付き合ったらネクサス君が勘違いしてしまうかもしれませんが、交際の件と師範の件はちゃんと別件で考えますから」
「……よしっ」
なかなか、理想的だなこうやって考えると。
いや、最初から理想的ではあったんだがな。
「そろそろお休みになられます?」
「どうかした?」
「いえ、もう少し一緒にいたいなって」
消え入りそうな声でそう呟く澪雫の顔は、雲間から漏れたわずかな月明かりでもはっきりとわかるくらい、赤くなっていた。
なんだ、普通の女の子じゃないか。
どうも澪雫みたいな少女って、常にクールで何事にも冷静なものだと思ったが、どうやら違ったらしい。
「ん、いいよ」
テラスのベンチで二人、微妙な距離感を開けながら座っている俺たち。
まあ、付き合っているんだし問題はないだろう。
俺は、彼女が寄り添えるように距離を詰めながら、澪雫の右手を握った。
「綺麗な手だ」
「……マメとか、切り傷とかひどいですけどね」
「それでも、ちゃんと傷が残らないようにはしてる」
女子だから当たり前、なんて思わない。
ちゃんと手とか、ちょっと意識しないところにも気を配っているところはちゃんと評価しないとね。
「ネクサス君は、野蛮な女の子は嫌いですか?」
「それは、剣を振っている人の事を指すのか?」
こくり、と澪雫。
いやいや、ちょっと待て。
俺の母親がまず剣使いだし、父親も剣はよく使う。
姉も剣を使うし、俺は母親から基本的な剣の扱い方は習っている。
そんな一家で、彼女を否定できるか?
否、できるはずがないのだ。
「さすがにない」
「……ほぅ、よかったです」
ちなみに、名実ともに最強な俺の父親は、唯一剣術という種目で母親に負ける。
それほど、【剣聖】というものは名誉あるものだし、それをすでに25年ほど防衛し続けている母親はある意味化け物かもしれない。
いや、化け物に違いないんだが母親に対して「化け物」は禁句である。
「とにかく、俺は魅力的だと思うよ。……剣を振る少女っていうのは」
ただし、傷つけられるのは限度を考えてやってほしい。と思う……。




