第06話「入学式当日3」
入学式。
このイベントが、おもしろくないのは全世界どこでも一緒らしい。
「……疲れた」
「おつかれにゃー……。くちゅんっ」
そのイベントも終わり、俺は魅烙と零璃の三人で第1体育館から吐き出されるように出た。
入学式自体は新入生が多すぎるため、自由参加。しかし俺たち3人は来賓として親が来ているため、強制参加というわけだ。
「風邪か?」
「……わかんにゃい」
「そうか。……この後の予定は?」
「学園的には明日、入学歓迎会があるだけにゃ」
魅烙がきらきらと目を輝かせる。
まさか、あの格好で行くのか? と訊いたら案の定頷かれた。
あんな、痴女同然の服装で行くのか、本当に大丈夫なのか?
「らんぼーされちゃう、かもにゃん……」
「……一緒にまわろうか?」
だったら着てこなければいいだろ、何てことは決して言わない。
あくまでも服装は自由だ。動きやすい服装でこればいいと記載されている。
「いいの?」
「ああ。零璃もどうだ?」
「……うん」
結局、この数日でメンバーが決まった気がする。
たったの1日しか経っていないのに、俺の周りに普通の人は居ない。
もちろん、自分も普通だなんてとてもじゃないが思えない。
……ていうか、母も俺に難題を突きつけてきたものだ。
「あの、澪雫って人。入学式の時もずっと【剣聖】を見つめてたにゃ」
「……拍手も、涼野さんの祝辞以外はしていなかった、ね」
あれはすでに門下生だから尊敬しているとかっていう概念では説明できないな。
どう考えても、あれは信者の類だろう。崇拝しているっぽいぞ、あれ。
それのせいで、全く関係ない俺がとばっちりを食らってるわけだ。
なぜかは知らないけれど。
「ただの嫉妬だと思うにゃー。ネクサス君が、事実上一番近いからにゃ」
「だね。……こういうことに詳しい人がいればいいんだけど……」
さすがに、何のパイプもないボクたちじゃ無理だね、と零璃は肩を落とす。
確かに、情報は必要なのかもしれないなぁと俺は思い、頭を掻いた。
……確かに、心当たりなら一人くらい居なくもないんだが。
「それにしても……きゃっ」
零璃が突然、そばにいた男子生徒に押しのけられてバランスを崩す。
俺はとっさの判断で彼女……じゃなくて彼の手を引き、バランスを整えると押しのけた男子生徒の方に目をやった。
元凶は零璃を押しのけたことにすら気づいていないのか、そのままとある一点を見つめて前に直進する。
何か謝る行動を起こしていれば、俺は零璃に一言何か言っておけば良かったのだが。
「や、大丈夫、……だから」
「そうか。分かった」
「魅烙ちゃんも、気にしないで」
むぅ、と魅烙は納得のいかないような顔でだが頷いた。
憮然としたその顔は一目で彼女の、血の気の多さを表すとも言えるだろう。
そういえば、昨日はなぜ追われてたんだろう。
「昨日はぁ、絡まれたから一人殴っただけにゃん」
「まあ、あの服装だったら男は普通絡もうとするだろうな」
どう見ても痴女。
俺はため息をつくと、はぁと息を吐いている零璃の方に目を向ける。
零璃は特に何ともないようだ。少し怯えているような気もするが、入学して緊張も喉元を過ぎたのか、比較的落ち着いているように見える。
「……それよりも、あっちに何があるのかな?」
そういえば、あの男子生徒は零璃のことを気にもかけずにそのまま歩いていったな。
零璃が俺のジャケット、それの右袖をぎゅっと掴んだ。
どうも、もう転びそうになりたくなるらしいな。
……零璃が、女だったら!
俺は小躍りしていたのに。あ、魅烙はのぞく。
そういう官能的な女性もとても魅力的だが、いろいろと面倒なことが起こりそうだ。
「今、ネクサス君失礼なことを考えたにゃん」
「いや、そんなことはないぞ?」
きっしゃー! と猫の怒ったような声を発する魅烙。
……物真似、巧いんだな。
と、母親と一緒に入学式場を出る霧氷澪雫を見つける。
ふむ、見つかったらまた睨まれそうだ。
「あ、涼野さんだ。挨拶しに行こうよ」
「そうだにゃー」
面倒なことに、なりそうだ。
俺はそれを予感から確信へと変えて、肩を落とした。
「魅烙ちゃんに、零璃くんかぁー。うちのネクサスをよろしくね?」
「はい」
母親、今まで誰もが間違えていた零璃の性別をピタリといい当てる。
洞察力やばい、俺がそんなことを思いながら母親を眺めていると、横から底冷えした視線が送られてきた。
そう、霧氷澪雫である。
和気藹々と話をしている魅烙、零璃と母親。
そこから少し離れたところで睨まれる俺。
なんで俺はこんなにも不憫なんですかね?
「こら、澪雫ちゃんそんな顔しちゃダメだよ~」
「……だって、能力者は信用できませんもん」
んん?
ということは、霧氷は能力者ではないのか?
俺が首を傾げていると、母は霧氷の頭をそっと撫でながら説明してくれた。
「澪雫ちゃんは私と同じで、能力値が低いから。……ほら、あの人みたいにちゃんと信用できる人も多いのにね、って」
「……師範のは、特別な存在だと思うのです」
「なら、その息子である俺も特別ってことで、いいか?」
へ? と霧氷の気が抜けたような気がした。
とりあえず、俺は霧氷に手を差し出す。
「よろしく」
「……ふん、師範の息子、という意味で交流を持つだけですからね」
いきなりデレてるが、その口に反して目は笑っていない。
俺は彼女の手を握ると、直ぐに離した。
冷たい、な。
「じゃあ、ネクサス御願いね」
「はいはい」
まあ、時間はゆっくりあるんだ。
少しずつ、歩みを進めていければいいだろう。
「悪い人には見えなかったにゃ」
「心を開いてないだけ、って感じがしたね」
それぞれ、霧氷の印象。結果的にそこまで悪くない、といったところだろうか。
少しだけ考えてみると、確かに悪くないんだが。
「とにかく、少しだけ今日一緒に寝よ? にゃーんにゃんっ」
「いきなり何を言い出すんだ!?」
魅烙は自然な動きで俺の手を絡め、心なしか潤んだ目で上目遣い。
この人は零璃と違って確信犯だからな、ほかの男はこれだけでコロッと転がって魅烙の思惑どおりに動き始めるんだろうが、俺はそんなことにならない。
「一人だけだったら寂しいにゃ……」
「今日普通に不法侵入してきたのはそれが原因か?」
普通、これだけしがみついていれば胸は当たっているはずなんだがなぁ。
何でこんなに官能的でさらに扇情的だというのに、胸はないんだろう。
俺は魅烙の貧相な胸囲を哀れな目で見つめながら、そっと手をふりほどく。
「それも原因だけど。朝も言ったとおり、強い雄に雌が群がるのは当然のことだと言えるにゃ」
「ぼ、ボクはどっちなんだろう」
知らない! と魅烙は簡単に切り捨てて俺の方に向き直る。
「でも、もし零璃くんが女として生きていくなら、それもちゃんと一つの選択肢だと思うにゃ」
み、魅烙が零璃に変なことを吹き込んでいやがる。
零璃に一つでも男らしいところが見つかれば俺も否定できるだろうが、正直魅烙よりも俺にとって魅力のある人は零璃なんだよな。
「ゆっくり、考えてみようかな」
「……お、おう」
俺は純粋きわまりない零璃の目線を受けて、くぐもったように返事を返すことしかできなかった。
「でも、まだボクとネクサス君って、まだ二日目なんだよね?」
「そうだな」
俺に男色趣味はないはずなんだがなぁ。
「とりあえず、明日の歓迎会だにゃー」
「ネクサス君の部屋に、午後4時にしよー」
俺の部屋か。まあいいか、その時間まで寝ていればいい話だし。
読了してくれた方に最大の感謝を。