第59話 「決闘オーバーキル2」
俺が自分の序列番号、および本名を言った瞬間に先輩の顔はそれこそこの世の終わりを目の当たりにしたが如く、ひきつっていた。
一体何が起こっているのか分からない、といった様子で。
しかし、それは事実だ。
この調子だと、零璃のことを誰なのかも分かっていない様子だがここでは割愛することにしよう。
「試合、開始!」
しかし、王牙さんは全く持って容赦しない。
そのまま試合開始の合図をあげると、楽な姿勢で構えている俺と、完全に身体がいろんな事情により固まってしまっている相手を見やる。
さて、相手から庫内というのなら、俺から行こうかな。
足を一歩踏み出すと、俺の周りは時の流れが遅くなったかのようにゆっくりと流れ始める。
それは俺の感覚が人よりも早くなったのか、それとも時間干渉しているのかは分からないが、とにかく今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
そのままのスピードで体当たりするように、相手の懐に飛び込むと、やっと相手は反応して後ろにとびすさる。
なぜ後ろに飛んだのか、まあ後ろに飛ぶしかなかったのだが、俺はそのまま相手の鳩尾に飛び込んではね飛ばす。
何度も言うが、俺の速力は時速90kmである。
もちろん、どうなるかは分かるだろう。
結論は、後ろにはね飛ばされるのだ。
「うっぐぅ!?」
時間制限はないが、とにかくごり押しで行くべきか。
俺は腿の伸縮を利用して上に向かって飛び上がると、そのまま左手を右から左へと払うように薙ぐ。
そして相手に向かって吹き荒れる氷の息吹にむかって剣を抜いて、僅かな風程度であったその斬撃は、吹雪に包まれて激化した。
地面に向かうのは、数百の分断された息吹。
空気の刃が、白く視覚化されつつ対戦相手だけではなく、フィールド全体に範囲攻撃として現れた。
この攻撃自体に直接的なダメージはないのだが、四方八方から吹き荒れる過剰な空気は相手の呼吸を阻害する。
どうにかして呼吸できるだけの空気を得ようと、顔を腕で隠す先輩に向かって次の攻撃を開始した。
「よいしょっと」
俺が創り出したのは、運動会などで使われている大玉ほどの大きさとなり、中身の気泡が下から上に向かっていく巨大な水の固まりだ。
重力に逆らい、丸くなった「それ」は俺がパチンと指を鳴らす宇土ともに落下する。
風は止み、息を一瞬だけ吸い込めた相手には無慈悲な水玉の鉄槌を。
上からありったけの水を浴びせられた男は、怒り心頭の形相で俺をにらみつけ、地面に降り立った俺に向かって走り込んできた。
「クソが!」
実に乱暴な言い様をする先輩だなぁ。
煽った俺も悪いが、試合開始からここまで相手の動きがそれだけだと、興も冷めると言うことだ。
「クッソなめやがって!」
やっぱり激昇した。
俺はその軌道が簡単に読めてしまう殴打を避け、次に炎焔に纏われた大仰な蹴りをジャンプ。
そして水分がこのままではすべて炎焔によって蒸発してしまうことをあ考え、俺は地面に手をつける。
勿論、先輩は俺が能力を使うことくらい、4桁でも分かっている。
だからこそ、俺は地面を伝うすべての水分を凍らせた。
「……ん?」
俺の氷は、一度凍れば滅多なことがない限り溶けるのに時間がかかる。
人為的に溶かそうとしないと、真夏の炎天下であっても凍結は1ヶ月じぞくするし、【日輪の化身】と呼ばれ恐れられている烏導先生であっても、数分かかった。
天才でもない限り、それをすぐに溶かすことなど不可能だ。
「な。なんだこれ!?」
焦るのも無理はない。
チンケな炎焔では再度水に戻すこと事態が不可能だし、そもそも俺は温度を上げる能力を持っていない。
おわかりいただけただろうか!
「これで完了」
まだ殺しては居ないはず、しかしこのまま凍結が顔まで及ぶとさすがに保証はできないため、俺は対戦相手の身体を、氷ごと砕くように蹴り上げた。
反応はない。いや、できないのだろう。
先ほどの蹴りで完全に意識を失った天杯レグリは、王牙さんのジャッジにより戦意喪失と判断。
俺の勝利が決定した、はずだったのだが。
「今だっ!」
押し殺したような、示し合わせたようなそんな声と、俺に向かってくる漠然と、しかし確かな確信。
かったと思って油断していたその瞬間、脅威は確実に俺を葬り去ろうとして迫ってきた。
「くっ……」
後ろを向き、その脅威が確かな短剣……つまり凶器と断定した瞬間、俺は勢いよく後ろに飛ぼうと足を曲げた。
が。
「勝負は決した」
「あぁ!? なんだよおっさ……」
誰かが、目の反応速度よりもはやく移動し俺に凶器を向けた先輩の肩をつかんだのだ。
それも、最高速でこちらに来た人を手一本でひきとめるほどの腕力で。
逆ギレしかけた先輩は、最後まで言葉を言い終わることができなかった。
そこにいる人は、日本人なら誰でも知って居るであろう人だったから。
「朱玄、さん?」




