第55話 「決闘パーガトリー1」
「今日は学園に来ていないのでしょうか」
始まりはいつも突然で、俺は澪雫と一緒に神御裂家の子供を探して学園の中を探し回っていた。
神御裂家ということは、刀の名人だ。
なら、休み時間も鍛錬を積んでいるのではないかと、そこらへんの道場を探しているのだが、なんせこの学園だ。
道場の数が三ケタはあるらしく、一つ一つしらみつぶしに探していかないといけないという大変骨のかかる仕事をしていた。
「……まだ10分の1も探していないからな」
序盤で見つかるとは思っていないし、そもそも入れ違いとかの可能性もある。
そんな中、授業がない俺たちは暇をつぶすようにして一つ一つ、見学しにいった。
「うー」
「のどでも乾いたか?」
思えば、澪雫はしきりにつばを飲み込んでいるような気もする。
「それにしてもキリがないですね」
とつぶやいた澪雫の首筋には、汗の雫が1滴、糸を引いて流れ落ちていった。
「少し休む?」
近くに涼める場所があったらいいんだが、と俺は周りを見回す。
あった。簡素で人のすいている小さな喫茶店が、そこにはある。
「いいんです?」
「別にそんなに、急いでいないしな」
そんなことを言いながら店内へ。
中にいるのは、20くらいの女性店員。
柔らかい雰囲気を受ける。
「いらっしゃいませー」
「2人で」
「はい、こちらへどうぞー」
店内は、小奇麗にまとまっているといった印象。
客は女子生徒が2グループくらいで、もちろんといえばいいのか男の姿は一つもない。
いや、零璃みたいな男はいるのかもしれないが、判断できないのでいないということにしよう。
「どうする? 昼も近いし、何か食べるか?」
「んー」
と、メニューを手渡されたため彼女に渡して。
俺は、周りのグループが俺と澪雫をガン見していることに気づいた。
何か変なことでもあるのだろうか、できるだけ彼女たちには目を向けずに考える。
いつもなら下賤な目にも一切動じないのに、なんだか色めきたった視線には弱いご様子の澪雫。
ははーん。なるほどね。
「なんだか、気まずいです……」
「そうか?」
彼女の言葉を適当にスルーしながら、澪雫がメニューを選んでいる間待った。
「あの、メニューに値段が表示されていないのですが」
「高級レストランっぽくなってるんだろ」
現に、こっちのメニューには値段があるし。
妙にレディーファーストだな、って日本人は思うのかもしれないけれどこれ普通だし。
「……ネクサス君は決まったんです?」
「ん、決まったよ」
「じゃあ私も同じもので……」
決められなかったらしい。
さすが優柔不断というか、なんというか。
澪雫が可愛い。いつもは凛としているのに、こういうときは女の子に戻るのか。
付き合えたら、もう少し可愛いところも見れるんだろうか。
なんて思いながらオーダーして、数分後運ばれてくる料理。
カフェっていっても、ハンバーガーくらいは売っているからちょうどよかった。
「思えば」
「はい?」
「俺、霧氷家の事全然知らないな」
ふと思い、俺は口から言葉をこぼす。
と、澪雫は柔らかく微笑んで「ただの一般家庭ですよ」と答えた。
「師範のところで教えを乞いたのは、師範みたいな女性に憧れていたからですし」
「ほう」
「包容力があって、同時に凛としていて、それでいて若さを失っていないですし」
若さを失っていないどころか、未だ外見年齢20歳後半だけどな。
能力者は身体の衰えが遅いとは言え、俺の両親は少し異常じゃないかと思う。
もう40近いのに。
「ちょっと情緒不安定で、ガラスのように繊細で、雪のように儚い」
「はい?」
「俺の父親が、母親を評価するときの言葉の一つだよ」
正しくは何て言っていたんだっけか。
付き合い始めて22年、結婚して20年。
俺の両親は、今でもいっちゃいちゃしてるからな、本当に。
「『氷のように鋭くて、触れたら溶けてしまう雪のように儚くて、刃のように煌めきながらも少し情緒不安定。妖精のようにあどけなさが残ってる。命を賭しても守りたかった存在』って言ってた気がする」
「……なんだか、ロマンチックな方なんですね。ネクスト様って」
本当に困ったのが、本当に命を懸けて母親を大切にしているっていうことかな。
もちろん、俺と姉さんも同じくらい大切にしてもらっているわけで。
だから、1年の生活費に2000万とかポンとくれたりするんだろうけれど。
「はぁ、私もそんな方に出会えるでしょうか」
「大切にしようか?」
えっ。
と、澪雫の動きが一瞬硬直した。
いや、今も硬直したままで動かない。
そしていきなり顔を、トマトすら凌駕しそうなくらいにまで真っ赤にする。
「ななな、何を」
「ん、何をって。その通りの事だけど」
ひぇぇ、と顔を真赤にする少女澪雫。
その顔を見つめながら俺はほほえましく思ってしまった。
「さて、こんな話をしていないで続きを探しに行くか」
この場は何とか適当に流した方がよさそうだ。
すでに、澪雫の精神状態は普通ではなくなっているけれども、まあ。
しかし、事態は平和に進むものではなく、むしろ舞い込んでくるものである。
「ネクサス、ネクサス!」
「どうした、刑道」
喫茶店を出ると、そこにいたのは息を切らせたのは、零璃と一緒に別行動をとっていた痕猫刑道だった。
「ちょっと、困った事態になった」
……どう考えても、ろくなことじゃないな、うん。




