第53話 「斬術ブレイドダンス1」
「何か見つけたのか?」
澪雫がいきなり、本棚の奥へ手を突っ込んだため俺は少々面食らった。
一体何を見つけたのだろう? と考えていると、澪雫が取り出したのは1冊の本。
本棚の奥に、まるでわざと誰かが隠したような、そんな雰囲気がするけれども俺は気にせず辞書をめくる。
「……うー、何なんでしょうこれ」
「ん?」
「白紙なのですよ」
「……魔導書みたいに、何か特別な条件が必要なんじゃないか」
昔は、俺たちの持っている「能力」というのは「魔法」だと思われていたようで、ほんの数百年前……日本で言えば江戸時代くらいのときは「鬼」とも呼ばれていたようだ。
当時は能力者の全体数が、数十万人に一人だったような時代だ。欧米はそのせいで魔女狩りなんていうものが起こっていたし。
まあ、魔女狩りのときは大抵が、処刑されても何らかの方法で無傷だったりするんだが。
「うー、なんか冷たいですよ」
「焦ってるんだよ」
時間がないからな、と俺は付け足して適当に辞書を引く。
出来るだけ無難なものがいいんだが、そういうものはないんだろうか。
「それで思ったのですが、ご両親のを流用するとか無いのです?」
「確かに、親父の最初。入学時のものは政府通知で【黒い氷】だったらしいけれど」
あのときから、異名詐欺とか言われていたらしい。
確かに、親父は特別中の特別だからな……。
と、俺が遠い目になりかけていると、澪雫が立ち上がって「これ、借りることにします」と席を立つ。
凛、としたその姿に目を奪われること数秒。
はっ、と我に返ること数秒。
「……あのコ、可愛いなぁ」
そんな、鼻の下を延ばしたような声が周りから聞こえて少々嫌悪感を覚えること数秒。
俺は、気持ちを切り替えて辞書めくりの作業に戻った。
すぐに戻ってきた澪雫は、周りの視線を気にせず俺の向かい側に座ると「私はネクサス君のことがまだよくわからないですけれど」、と呟く。
顔を上げる俺。正面には、彼女の顔がある。
「ネクサス君には、能力からしても涼しい感じのものがいいと思います」
「涼しい感じ、か」
氷、という意味なのかな。
「もう、単純思考でいいか。……澪雫、この後授業は?」
「お昼後までないですけど」
「そうか」
逆にネクサス君は? と聞き返した澪雫に、無いことを告げる。
彼女は俺の伝えたいことがわかったみたいだ。
「なら、手続きが終わったらどこか、行きましょうか」
「ん、ありがとう」
さて、どうするかな。
「【涼氷】?」
なんだか、不思議な雰囲気ですねと澪雫はいって首を傾げた。
がんばって、こんな感じかなと思って名付けたんだが、どうなんだろうか。
まあ、気にしちゃいけないか。
「私も、早く500位いないに行かないと……。前回はネクサス君に助けられましたしね」
「【ソキウス】が始動したら、いくらでも守ってやるよ」
そう呟くと、聞こえたのかそれとも聞かなかったふりをしているのか澪雫は目をそらし、少々頬を赤らめる。
いつもクールなのに、こういう時は素直っていうあたり……どうなんだろうか。
俺はよくわからなかったが、何も言わず彼女の隣を維持しながらあるき続けた。
「あの、誰か当てというのはあるんですか?」
「あると思うか?」
「……無いと思います」
「そのとおりだ」
いや、あるにはあるんだが。
俺はこの学園のどこに「彼」がいるのか、わからないし。
……洸劔を引き抜けたらそうするんだが、どうしてもそうできないだろうし。
そういえば、最近洸劔の姿を見かけていないような気がするな。
今日の朝はいなかったし、前回の公式試合にも出ていなかった。
「澪雫の方は? 道場で仲のいい娘とか、いないのか?」
ここで聞いたのはマズかったかもしれない。
そう俺が思った理由は、とたんに彼女が悲しそうな顔をしたからだ。
「……いませんよ」
「なんかすまん」
「……いえ、同じ流派にいないというだけですから」
……ん?
「どういうことだ?」
「あら? 日本にも、いくつかの流派があるのですよ? ……若干数十年で創り出され、今や爆発的な人気を誇ってしまった【涼野流】よりも、1000年以上の伝統を誇る、最近改名した流派があるじゃないですか」
なんだかんだ、否定的とはいえ自分の所属している流派のことはよくわかっているようだ。
俺の母親、涼野冷が1代目。しかも母さんは旧姓を使っているだけで次は誰が継ぐのか、すでに問題になっているという。
どうするんだ本当に。
「で、もう一つの流派ってなんだっけ」
能力と剣術を併用する、という流派で日本にあるのは涼野流と確かその二つしかなかったはずだ。
普通に刀だけ、ならいくらでもあるんだけどな。
どうも、能力と組み合わせるのは、自然の摂理的にはあまり相性のよいことではないらしい。
「神御裂流。ですよ」
……なんだそれ。




