第51話 「早朝ブラッドバス2」
「……なに、してるの?」
尻すぼみになっていく魅烙の声。
その視線の先には、俺が安心させようと軽く抱き寄せた澪雫。
と、とたんにじとっとした目に代わる魅烙。
マゾ気質のある男ならたまらないだろうが、残念ながら俺はそんなことが一切ないからなぁ。
って、ちょっとまて俺が離れようとしているのに。
澪雫が、いつの間にかその白くて細い腕をこちらに回してきていた。
彼女には自覚がないかもしれないが、澪雫はかなり胸がデカい。
それがもろに俺の身体に密着しているのだ、「あててんのよ」とでも言いたげに。
「にゃぁ。離れて」
「……少し安心しました、ありがとうございますっ」
少々顔を赤らめつつ、少々寂しそうにしつつ。
しぶしぶ、というわけでもなくスッと俺から離れた澪雫は、わざわざ礼までして笑って見せた。
いや、丁寧で好印象なんだが。
「むぅ」
って、怒っているわけじゃなく、少々膨れているのはなんでだ。
単純だから、何が結局は言いたいのかわかっているんだが、それでもなぁ。
「ま、そろそろいこー?」
知って知らずか。零璃が助け舟を出してくれた。
こういう時、本当にありがたい。助かる。
「そ、うね」
少々納得がいかない様子だが、魅烙はしぶしぶといったような苦い顔でうなずくと「早くいきましょ」と踵を返した。
この空気、少し耐えられないな。
今、4人で登校しているにも関わらず、俺と澪雫、零璃と魅烙のダブルペア状態になっている。
一瞬修羅場を覚悟したが、それでもまだぴりぴりしているような、していないような。
いや、別に俺が魅烙と恋人になっていたりしたら完全に修羅場と化していただろうが、今回は特別な状況、といえばいいんだろうか。
魅烙の俺に対する好意は十二分にくみ取れているはずなんだが、まさかあのタイミングで乱入してくるとは思わなんだ。
「そういえば、今日が異名の最終決定日なんですよね。ネクサス君は何か決めたんですか?」
「あ」
完全に忘れていた、気がする。
いや、あの何にも形容しがたい異名の雰囲気から現実逃避しようとしていたのか、それとも別の理由からか。
とにかく、無難なものを。何か。
……でも、逆にみんながハイテンションで決めている中、俺だけ無難というのはむしろ浮いてしまうのではないか?
そんなことを考えてながら、澪雫のほうに目を向けると彼女はにっこりしていた。
「では、お昼時間にでも図書室に行きません?」
なるほど。図書室で資料を急きょ集めよう、というわけだな。
それにしても澪雫、優秀だな。
「じゃあ、そういうことでよろしく頼む。魅烙は?」
「魅烙は、自分でもう決めたもん」
むっすー。そんな擬態語が一番似合いそうな顔でツンツンとしている少女、八神魅烙。
……澪雫がデレたと思ったら、次は魅烙か。
この微妙にピリピリしながらも、戦争が起こらない状態を「準修羅場」と呼ぼうかな。
「次いでに聞くけど、
「……【烈火姫】」
ちょっと思ったんだが、自分の異名に「王」とか「帝」とか「姫」とかつけるのってどうなんだろうか。
なんだか、微妙にナルシストっぽくて……。
いや、別に零璃は苗字が「関帝」だけど、苗字は決めようがないから。
そんなこと言ったら、俺の名前とか「アルカディア」だぞ。誰がつけたんだ苗字に「理想郷」だなんて。
少々自分の苗字を思い返して悶絶していると、澪雫は俺を気遣うようにこちらを見つめていた。
「大丈夫、です?」
「ん、大丈夫だよ」
精神衛生的にはそんなによくないだろうけど。
少なくとも、なんていうか俺はこの世界よりも少々ずれていると考えることがある。
思考とか。
それが「個性」と言われたくはないが。
「ネクサス君は、まだ決まってない感じ、なんだ」
「……ああ」
決まっていないっていうか、決めたくないかな。
俺も、もう少しだけ順位をわざと落として、零璃見たいに機関に決めてもらった方がいいかもしれない。
というよりも、なぜ親父はこんなことを教えてくれなかったんだ!
「いいもん、結局、魅烙だけ、魅烙だけ……」
なんだか、ネガティブ気味の魅烙。
結局、姉さんが脱退を認めなかったらしい。
脱退を認めない、というのはいったいどういう意味があるんだろう?
俺にはよくわからないが、つまりはそういうことである。
「俺も条件を聞いてきたんだが、なんせ雷鳴陸駆に勝利する、だものなあ」
痕猫刑道、あの後惨敗したって聞いたし。
学年1位が負けるってことは、やっぱり序列は正しいのか、という結論に達する。
そうなると、でも天王寺学園は生徒数が約6万人いるんだよな。序列5ケタとか、どうなんだろう。
下の人が弱すぎるのか、上の人が強すぎるのか。
まあ、俺には関係のない話かもしれないが。