第05話「入学式当日2」
「ねえ、ちょっと私を忘れてない?」
色っぽい声が聞こえて、振り返ったらそこには魅烙をそのまま大きくした、みたいな人がいた。
いや、それが確かに魅烙の母親なんだけれども。
……子供がエロかったら、その親も同類なのかと悟ってしまうほど、色気が魅烙の母親から発散されていた。蛙の子は蛙? しかし華琉さんは語尾に猫の鳴き声をつけない。
「同時に、そこの可愛い娘も無視しちゃってるし」
「……あ、関帝、……零璃ともうします」
頭をぺこぺこと下げた零璃に対し、魅烙の母親である華琉さんはウインクしながら「よろしくね」とピースした。
この人、ますます教師に見えなくなってきたんだが、どうすればいい?
それにしても、その胸についている2つのハンドボールはなんだろうか? 魅烙には見あたらないものなんだが。
ほかの相違点と言えば、魅烙の目が赤なのにたいして華琉さんの目が金色で縦に瞳孔が開いていることくらいか。
本当に、華琉さんって猫科なんだな。魅烙みたいにニャーニャー言わないけど。
「今年は特進クラス1年担当なの、私たち」
「ほんと!?」
特進クラス、とは。
入学生2万人のうち、特別な才能を認められた100人の所属するクラス、ということは聞いている。
同学年の能力者が2万人も集まるこの学園で、能力者の質はピンからキリだろう。その中でも特に「化け物」と呼ばれている人たちを教育する学級ということだ。
逆に、その100人をまとめ上げるほどの実力を、そのクラス担当は持っているという証明になる。
そう考えると、八神夫妻というのも化け物なんだろうな、と今改めて思った。
「ネクサス君は、特進でしょう?」
「あー、そうですね」
特進クラスの100人のうち、50人は特別推薦枠で学校から国から「天王子学園に入ってくれませんか」と来るもの。
俺は学生証を取り出すと、一つの欄に『特進クラス・特別推薦枠:国家』と記載してあった。
……日本から、直々に推薦されるなんて、俺何かしたかな?
「それにしても、絶対に早すぎるような……?」
「気にしにゃい気にしにゃーい!」
気にする! と俺と零璃は同時に叫んだ。
現在時刻、11時。
あと1時間もあるし、特進クラス用の待機教室には、俺たち3人しか居なかった。
「この光景、次に入ってきた人はどう思うんだろうね? 楽しみだにゃん」
「面白がってくっついてるのか、魅烙め」
俺は、さっきから俺の首を腕で包み込んでいる魅烙を見上げた。
にゃ? と俺の方を見つめる魅烙。その姿は妙に色っぽく、同時に色欲に、劣情に訴えかけてくるものである。
……胸ないのに、何でこんなにエロいんだろう、この娘。
「でも、ネクサス君を好きなのも本気。それをどう取るかは、ネクサス君に任せるにゃんっ」
だめだこいつ。早く何とかしないと。
と思っていたら、零璃が遠慮がちに俺の制服の裾を引っ張っていた。
零璃ー? やめなさーい? 勘違いするでしょー?
俺は無言で零璃にそう訴えかけるが、零璃は無言返しでもしたいのか涙目で俺を見つめ返している。
相手は男だ。変なことを考えてはいけない。
だからといって、魅烙だから良いというわけでもないんだが、な。
煩 悩 退 散。
……だめだこいつら、早く何とか、できないかな?
願望になってきている自分に、俺は怒りを覚えつつも半ば諦めかけていた。
「……師範、ここにいる意味はあるのですか?」
「逆に訊くけど、ここ以外にどこに進学しようと思ってたの?」
「……道場で、普段居ない師範の……」
「意味は無いと思うけどね。ほら、私の流って型ないし」
「しかしっ!」
教室の前で、なにやら言い争っているんだが。
同時に、俺が一番心地よく聞こえる声が、廊下に響いている。
もう一人は、どこか声にトゲがあった。
「……師範の思う、強さとは何ですか? 何か一番強いと思いますか?」
「そうだねー。……2つあって優劣はつけられないけど」
希望と、愛かな。と女性は言った。
その2つを持ち合わせた人。が、いちばん強いと。
「……母さん?」
「あ。ネクサス」
くるっと、女性の方が振り向いた。
流れるように伸びた銀髪。若干つり目な、それでも優しい瞳。
そして巫女服を模した、『涼野流』剣術の胴着。
母親だ。
「来賓席に行かなくても大丈夫なのか?」
「まだ時間はあるし、そもそも、この娘がちょっと不安で」
相変わらず、良い人だと思う。
門下生だろう。2本の脇差し長の刀を、腰に携えている少女の肩を叩きながら母親は自分の子供のようにあやしていた。
その少女の顔はよく見えなかったが、髪の毛が白と紫の混ざったような髪をしていた。
……ツインテール+ロングという、少々特殊な髪型をしているだけでも印象に残るというのに。
なぜ、そのツインテールはネコミミを模したものなんだろう?
「あ、みおちゃん。紹介するね、こちらは息子のネクサス。えっとネクサス、こっちは……」
「霧氷澪雫です」
よろしく、と出来るだけ俺に顔を見せないようにか俯いて例をした彼女。
そしてこれで話は済んだ、どっかいけと言わんばかりに霧氷は俺を睨んだ。
いや、俺の母親なんだが。君の師範。
「ネクサス、澪雫ちゃんのこと頼むわね?」
「え」
「あの子、ちょっと問題があるけど……優しい子だし」
母さんは俺の耳に唇を近づけ、そんなことを囁いた。
俺が霧氷の方に目を向けると、彼女はまるで親の仇と叫ぶが如くこちらを見つめている。
「……いや、無理でしょ」
「そんなこといわないで、頼みたいの。……ね?」
母親に言われたらダメだ、反抗できない。
俺は渋々、といったように頷くと母は満足したようにウインクをして再び霧氷澪雫の方に戻った。
それにしても、名前にしてみたらかなりすごい名前だよな、霧氷って。
すべての感じが冷たい雰囲気を漂わせているし、実際の彼女も俺に対してはかなり冷たい印象を受ける。
現に、母親が霧氷の方を向いたとたんに顔は般若のようなものから一転してすました顔になっているし。
何か勘違いしているんだろうか……?
「じゃあ、そろそろ行かなきゃ。御願いねー!」
そういって手を振りながら、元気いっぱいに廊下を駆けていく母。
途中でこちらに歩いてきた男子生徒にぶつかり、絡まれかけたが……。
男子生徒、胴着を見た瞬間に誰か悟ったのか固まり、母親は謝ってそのまま走り始めた。
「……あれって……」
「【剣聖】、だよな?」
はい、今走っていった人は【剣聖】です。
お茶目で息子である俺から見ても微笑ましいが、あれでちゃんと38歳だ。
どう見ても20前半、とかは逆に傷つくらしい。女ってよく分からない。
とりあえず……と、俺は自分を相変わらず睨み続けている霧氷から目を離して、教室に戻った。
「……なんだったの?」
「母だよ。あの子を頼むって言われた」
俺は、1年特進クラスの100席のうち、教室の真ん前に座っている霧氷を指さした。
こちらから表情は見えないが、しかし彼女の周りから黒いオーラがダダ漏れ。正直怖いんだが、なぜこんなに俺って憎まれてるの?
「オーラが恐ろしいにゃー……」
脳天気な魅烙ですら顔を青くしているあたり、結構怖いんだな。
臆病な零璃に至っては、びくびくと肩を震わせて俺の影に隠れてしまった。
そんな零璃の姿は今にも散ってしまいそうな百合の花のように、やはり可愛くて。
……って違う、この人は男だ。
「にゃんで、そんな子を?」
「門下生なんだろうな、母さんのことを『師範』って呼んでたし」
「門下生、にゃー」
スゥー、とドアの開く音。
それと同時に響く足音で、静かな教室は新たな来訪者がきたことを告げた。
そこから、次々に新入生が入ってきた。
入学式というのは、入ってくる態度それだけで性格を判別することが出来る。
新しく入ってくる人から見たら、俺と零璃、魅烙の状態というのはかなり特異なものなんじゃないか、と思えてしまう。
生物学的には男であっても、零璃の容姿は完全に女だ。
端から見ればどう考えてもハーレムなんだが、どうすればいい?
心なしか、周りからの目線が妙に冷たいぞ?
特に男子生徒諸君。……霧氷ほどではないにしろ、なぜそんな目で俺を睨む。
「まあ、ほとんどが嫉妬だと思うにゃー」
やれやれ、といった風に首を振って髪の毛を一緒に揺らす魅烙。
まあ、今日の朝に「強い雄に群がるのが雌」とか……だいぶ極端なことを言っていたからなぁ。
「見たところ、そんなに強い人は居なさそうにゃ」
それは言ってはいけない。地雷だ。
ここにいる100人は、何だかんだで1年生総人数2万人のうち、もっとも入学試験時に実力が高い100人なんだから。
見た目は強くないと思って侮っていたら、めちゃくちゃ強かったなんて言うのは能力者社会でよくある。
能力の強さはある程度身体にも反映されるが、あくまでもある程度の反映であっだ。
筋肉隆々の大男が幼女体型の女に負けたり、なんてことは日常茶飯事。
魅烙もそれについてはよく分かっているはず、なんだけど。
ああ、俺に試練を与えたいわけか。なるほど。
日間総合にランクインできました。
皆様の応援のおかげです。誠にありがとうございました。