第36話「第1回公式試合7」
「ねえ、このまま進んでいくの?」
「ああ、姉さんはあの山の頂上だろ」
零璃の質問に対して簡潔な答えをしつつ、俺は一歩一歩山に向かって歩いていた。
山麓は廃墟になっているが、それは「なっていた」と表現すべきだろうか。
あるのは、瓦礫の山のみ。
たぶん、あのときだろうと俺は痕猫刑道に遭遇する前のことを考える。
「近づくにつれ、おそらくさっきみたいに銃弾がくると思う」
「瓦礫の陰にも、何百人かいるね」
山の方面から撃ってくるのはおそらく同盟【楽園】だけど、廃墟エリアは防衛じゃないだろう。
きっと、隙あらば上に突入しようとしているはずだ。
「山頂に向かうには、廃墟にいる奴ら全員を蹴散らさないといけないってことか」
「そういうことになりそうだね。……防御はボクに任せて」
そういってくれると、本当に頼りになる。
実際、零璃の守りは鉄壁だ。
咄嗟とはいえ、俺を凶弾から守ったときの銃弾は、音速を超えていただろう。
射出を感知して守りにはいるまで、一瞬の判断だ。
そんな高等技術を目の前で見せられたから、正直俺は戸惑った。
「ボクだって、役に立ちたいから」
「……ありがとう」
俺が感謝の意を示すと、零璃は「ふふっ」と美少女が唖然とするような笑みをこぼして見せてくれる。
結構なことだ、本当にすごい。
どうやったら、こんな笑顔が男からこぼれるんだろう。
天使だ、本当に。
「ちょっと離れてろ」
「はぁい」
廃墟を瓦礫の山にしたのが姉さんなら。
俺は、瓦礫の山を更地に変えてやろう。
俺が右から左へ薙ぐようにして腕を振ると、どこからともなく冷たい風が、吹雪となって俺の周りに荒れ狂う。
左へ振り切った腕をいったん引き、張り手をするように前へ。
同時に、吹雪は遺伝子ののごく二重螺旋を描きつつ。
廃墟エリアを、氷の龍が這いずり回るようなエフェクトと共に吹雪は縦横無尽に吹き荒れ、廃墟エリアにいる俺と零璃以外のすべてに牙を剥く。
「……すごい」
「瓦礫の山にぶつかるごとに、威力は小さくなってる。……これが姉さんや親父だったら」
姉さんだったら威力が弱まることはないし、親父だったら破壊した文だけ威力が逆に倍増していく。
結局、俺はまだまだだってことだ。
嵐は収まり、そこには何も残っていない。
残っているものといえば、瓦礫の山が粉砕されて石ころ大になり、平らに敷き詰められているくらいだろうか。
カウントは600を越えた。
「さて、進もうか」
「ねえ、待って」
と、零璃が瞬時に鋼の壁を作りだし、俺を銃弾から守る。
次は火属性の属性球か。
「これは、魅烙の撃った弾だな」
「わかるの?」
零璃の質問に、俺はうなずいた。
同じ属性の同じ能力を使ったとしても、能力者個人の違いでその色には違いが出る。
たとえば。
俺と姉さんと親父が吹雪を能力として使ったとしよう。
俺の場合、色は銀色。白銀と呼ばれる、光沢のある白だ。
姉さんである氷羅の場合、色は光沢もなければ濁りもない真っ白。白亜とでも称すればいいだろうか、白以外の要素が見あたらない。
親父の場合。親父は20年前の戦争において、能力を使いすぎて諸刃の剣を手に入れた。
簡単にいえば全属性混合攻撃。吹雪は氷属性だが、親父の場合は少量ながらほかの属性も混じる。
そのため、白に近いもののほかの属性も混じっているためか虹色に見えなくもない。
パステルカラーで構成された虹、とたとえればいいだろうか、そんな感じだ。
「魅烙の炎は緋色だ。俺はここまで鮮やかな赤をみたことがない」
「うん、うん。確かにそうかも」
普段は使うことのない能力だが、個人を判別するためには不可欠なものだ。
実際、過去では能力者の証明になったりもしたらしい。
と、俺は山の中腹部から6秒に1回打ち込んでくる銃弾を、はじいている零璃の防御壁をふむ、とみつつその壁に手を当てる。
「む、なんか軽くなったよ?」
「一時的に氷属性を付加させた。これで少しは……」
炎に強くなるだろう、と俺は説明する。
「しかし、困ったな」
「なにを? んっ」
自然現象で起こる火炎は質量がほぼないが、能力で生み出される火炎は確かな質量がある。
踏ん張るために、「んっ」と色っぽい声を発しつつ零璃は俺に質問をした。
「困ったことに、今の俺では姉さんに勝ち目がないんだよなぁ」
「……うーん、どうするの?」
「とりあえず、いけるところまで行ってみるか」
今の俺が姉さんに挑むのは、動物にたとえれば「猫」が百獣の王である「獅子」に挑むようなものだろう。
レースにたとえれば、「徒歩」対「超電磁列車」。
ゲームにたとえれば、「1レベルのスライム」対「レベルがカウントストップした魔王」だ。
勝てる気がしない、というのがわかるだろうか。
実際、勝てないんだが。
普通なら勝負しようとも思わない。
「ねえ、ネクサス君のお姉さん、氷羅さんってどのくらい強いの?」
「ギリシャ神話でよく言われる『神と人間の混血』を忠実に再現した感じ」
「あっ」
察してくれたか。
絶望的、と称する程度には強いということだ。
零璃は、顔を真っ青にして俺の袖を握りしめる。
ちなみに、まったく語弊じゃないっていうのが本当の怖いところ。
いったいどうなっているんだろうな。
「ねえ、何か近づいてくるよ」
零璃の指さす方向。
そこには、白い球体がこちらに向かってきた。
「どこからきた?」
「山頂」
「……ほらみろ、姉さんだ」
白い球体は、俺たちで地面に着地する。
そして、それは。
天使のような白い翼に包まれた、【氷姫】だということに俺たちは気づいた。
「零璃くん、もう攻撃はやめさせてるから解除していいよ」
「……」
零璃が、俺に気を配りながら盾を霧散させる。
姉さんは、その白い翼を小さく畳みながら、俺たちを見つめていた。
「ついに、私たち【楽園】とネクサスたち2人になった、よ」
中継されるのは映像だけ。
だから戦いの中では、しゃべっていても何のことか悟られることはない。
「どうする?」
「……まて、3人だ」
と、左から横やり。
首を回してみると、そこには痕猫刑道の姿があった。
俺や零璃と同じように、ほぼ無傷。
しかしその顔はやつれており、どこか病的な印象すら受ける。
何かすることがあると言っていたが、達成できたのだろうか。
「……君が、天王子序列1位の【ゼニス】」
「そう、……学園長の息子さんかな、よろしくね」
零璃の笑顔が「天使」なら、姉さんのほほえみは「女神」だろうか。
慈悲深く、しかしその顔からは何ともいえない迫力というか、恐ろしさというか。
そんな姉さんにも、痕猫刑道は怯まない。
「天王子序列コード020、【冒険者】。痕猫刑道」
「……陸駆」
名乗りは、能力者にとっては「今から攻撃します」という宣言。
それを痕猫刑道は姉さんに対して宣言する、が。
姉さんはそれを断るように、自分と彼との間に一人の男を割り込ませる。
「ほぅ」
確か、この人は俺が姉さんに初めて会いに行ったとき、俺の肩をつかんだ先輩だな。
結構昔にあった気がするが、あのときは夕暮れ時ということもあってかちゃんと顔を見ていなかった。
えっと、名前は。
「天王子序列コード010、【地籟】。神鳴陸駆」
章もそろそろですね




