第33話「第1回公式試合4」
澪雫視点
(ヤム○ャ)視点
なんど、無抵抗のまま殴られたか分からない。
体に傷が増えていく中、それでも相手は加減を分かっているのかじわじわとダメージは蓄積されていく。
 
痛い。痛い。
しかし、言葉にしてはならない。
 
そのとき、ことは動いた。
 
「リーダー! リーダー!」
 
チームメンバーの1人が、私の首を絞めている女性に向かって叫ぶ。
かったるそうに、女性は後ろを向くと「何?」と聞いた。
 
頭の中に酸素が無くなってきて、一瞬気を失うところだった私は何もすることが出来ず、首を掴まれたままの無様な姿で地面に倒れ込む。
誰も助けようとはしない。それどころかみんながみんな笑って嗜虐的な笑みを浮かべている。
そんな一団に。
 
「人影が、まっすぐこっちに! 1年です」
「1年なら、あんたたちで充分でしょう?」
 
いちいち話かけんな、と突き放すリーダーだったけど。
 
ほんの数分前も、1人の1年生が来てあっけなく蹂躙されたから、慢心しているのかな。
 
「それが、勝手が違うんです!」
「どういう意味?」
 
速度が速すぎるんです! まるで車のようなスピードで、まっすぐこっちに! と。
その言葉に、私は覚えが合った。
 
「応戦が間に合いません! 来ます!」
 
その言葉を放った瞬間、報告係だったその先輩は、消し飛んだ。
 
 
 
 
 
何が起こっているのか分からないと、「は?」とでも言いたげな顔でリーダーほかは唖然とする。
 
「……細氷……?」
 
リーダーが疑問視したようにつぶやいた瞬間、そこに降り立ったのは銀髪碧眼の少年。
涼しげな雰囲気を持ち合わせながら、その顔が表すのは。
 
烈火を遙かに越え、業火を思わせる激しい怒りだ。
 
「……だれよあんた」
 
私は、彼の名前を知っている。
 
「俺?」
 
少年は、ぐっと両手を握りしめるとしずかに聞き返す。
その声は、絶対零度以上かと思わせる、そんな冷たい声。
 
師匠が本気で怒ったときと、同じ。
 
「俺の名前は、ネクサス・アルカディア」
 
その事実に、私を含めて一団全員が凍り付く。
リーダーは、思わず私の首を放して手を後ろに隠す。
 
ネクサス君は、私を見て頷くと宣言した。
 
「ここにいる人、1人残らず許さない」
 
彼が地面に手をかざすと、氷で出来た一本の剣が現れた。
長さは120センチメートルほど。柄は短い。
 
カチャ、と音。リーダー含め全員が、ネクサス君に刀を抜いたのだ。
数の暴力に対しても、彼が負けることはない、みたい。
 
剣を楯代わりとし、蹴りだけであっという間に10人が吹き飛ぶ。
時速60キロメートルで走れる速力を持つネクサス君は、勿論人を蹴っただけでも十分な凶器になり得よう。
 
刀で防御しても、間に合わない。
しかもネクサス君は、足を能力で強化しているらしく。
刀すら、蹴り折ってしまうほどの威力。
 
「……はぁ」
 
10分もしないうちに、残るのは私とリーダーだけになってしまった。
顔面を蒼白とさせ、手汗を振り払うように乱暴な手つきで刀を握りしめるリーダーを見て、ネクサス君ははぁとため息をつく。
 
「こりゃあ、見たら母さん泣くな」
「……何がいいたいの」
「戦闘は、俺の両親もみているから」
 
その言葉に、リーダーは放心してしまう。
 
興味なさそうに顔から生気がなくなったリーダーを見つめながら、彼は手のひらで剣をもてあそんだ。
 
「結局、普通の人間は優越感によって人を傷つけるというわけだ」
「あんたに、何が分かる」
「お前の魂は、その刀にこもっていない」
 
ネクサス君は、リーダーの正確な剣裁きをよけていきながら言葉を続ける。
 
ふつうはよけられないのに。
来てると分かっても、音速に迫るその刀を。
 
ネクサス君は、渾身の蹴りで折ったのだから。
 
「なっ……!」
「お前、なぜ強くなりたい?」
 
一歩。
一歩。
 
硬く地面を踏みしめつつ、ネクサス君は恐怖に駆られてか動けないリーダーに歩み寄る。
 
「優越感に浸りたいからか?」
「あんたに、何が分かる! 全部、こいつが……!」
 
そういって、私を指さす。
……私、何かしたかな?
 
「人のせいにしたって、生産的じゃないな」
 
ネクサス君は、手を振って氷でリーダーの四肢を固定する。
太陽でも溶けない、その氷はしっかりとリーダーの座標を動けなくした。
 
「俺は生まれつき父親のような能力の才能も、母親のような先天的な剣の才能もなかった」
 
自分に言い聞かせるように、ネクサス君はつぶやく。
それでも、彼が今こんなに強いのは。
 
あのとき、私に言ってくれた言葉とさほど変わらない、しかし確かな怒りをはらむその言葉。
 
「俺の答えは、この魂にある」
 
ドゥン! と、あきらか人間の蹴りで発生し得ない巨大な音が響く。
ネクサス君がリーダーを蹴り飛ばしたのだ。
 
テレポートさせず、彼女の体だけを吹き飛ばす。
 
 
 
 
すべてが終わったのを確認し、ネクサス君は私の様子をみた。
 
「怪我は軽微。大丈夫か、首は」
「なんで、助けにきたの?」
 
なぜって、とネクサス君は戸惑う。
 
「……このまま。ネクサス君を騙して倒しちゃったかもしれないのに」
「人を騙す、もしくは見過ごすよりも。裏切られた方がマシだ」
「ていうか、どうやってここが分かったの」
「1キロメートル先から、リンチの様子は把握できた」
 
はぁ? と私がいう前に。
ネクサス君は、私の傷をもう一回みやってつぶやく。
 
「どうせ、そっちのアライアンスは解散する。今回はリタイアした方がいい」
「……」
 
それだけをいうと、ネクサス君はきびすを返して去っていった。
 
私は、はぁといきをはいてリタイア宣言をする。
 
 
 
 
……師匠、お怒り、かなぁ?
 
 




