第32話「第1回公式試合3」
後ろの方で巨大な轟音が鳴り響いた。
それは、まるで爆弾が投下されて炸裂するような。
音が波として視覚化され、俺たちをあっという間に通り抜ける。
「なに、これ」
「姉さんだよ、きっと」
姉さんも、俺と同じ広範囲に影響を及ぼす系統の能力だ。
ただ、俺と違うところと言ったら圧倒的にあっちの方が強いところだろうか。
それも、俺よりも格が2つほど上で。
「でも、ゼニスって……あの山頂にいるんじゃないの?」
零璃が指差したのは、ちょうどこの島の……中心に位置するたった一つの山だ。
高さは500メートル。このフィールドができるまで、日本で標高が一番高い山は141メートルというのを考えれば。
十分すぎるほどに、高い。
「今からどうするの?」
「……山に向かうか山から離れるか? とりあえず南の方に行こうかなとは思っているが」
俺が指差したほうは、簡単に言えば湿地帯である。
この人工島、できるだけすべての環境をそろえようとしているためか結構無茶な場所にバイオームを配置したり、その湿地帯の隣に砂漠があったりしている。
「人の少ない場所を探したほうが得策かな」
「そうだな」
俺は自分のことを自分で片づけられるとは思っているが、どうも零璃は戦闘経験がほとんどないらしい。
ない人の方がたしかに多いはずなんだが、このご時世。
鍛冶屋出身の零璃は、ほかの人よりもハンデを負っていたっておかしくないのだ。
「零璃、できるだけ零璃を護れるようにはするが、もし無理だったらすまない」
俺が彼に話しかけると、零璃は時間がいくらたっても女に見まがう、その美しい顔をこちらに向ける。
その目に、何がうつっているのだろう。
その、宝石のような煌めきを保つ目には、いったい。
「何言ってるの、さ。まだ戦いは始まったばかりだよ?」
「いや、もう俺は自分の感情を抑えられそうにない」
何を? と零璃は首をかしげる。
俺は、指差した湿地帯の方、その先が見えてしまったのだから。
「……自分の身は守れるな?」
「うん、大丈夫だと思うけど……」
わかった、と俺は零璃にうなずく。
零璃はなんのことやら、と首をかしげていたが。
「湿地帯の先、1キロくらいで涼野流の一団がいる」
「うん、なんだか涼しげなオーラが遠くても漂ってくるね」
「澪雫が、リンチされてる」
「えっ」
実際に目でみてわかるとか、そういう意味じゃないのだが。
少なくとも、そのくらいは分かる。
王牙さんの使っていた、《気配》で敵を察知するという能力。
これも俺が頑張って習得した能力の一つなんだが、まさかこんなにも過敏になるとは思っていなかった。
「……どうするの?」
「俺が単騎で突入すればなんとかなると思ってる」
澪雫だけ助け出す、というのが一番難しいのかもしれないが。
……殲滅させるだけなら、一方的にこの距離から能力でぶっ放せばいいだけなんだが。
俺的には、戦闘が始まるとカメラで中継されるから、それで母親に見れてもらえれば解散が早まるかもしれない。
そして俺は澪雫を手に入れる。
「というわけだから、ちゃんと自衛頼む」
「わかったよ。……気を付けてね」
彼のいう気を付けてね、はきっと腐っても涼野流の人たちだからという意味だろう。
まあ、俺が勝つんだけどな。
「なんだか、嫌な予感がするね」
「ん?」
来賓席にて、隣で冷が俺だけに聞こえるような小さな声で呟く。
嫌な予感、か。
確かに、そんな予感もするが俺はそれを黙認していたようだ。
「ネクサス、大丈夫かな」
「……それは、怒りによるアレか?」
俺はあえてその名前を出さず、含むように彼女へ問いかける。
そして、モニターに今しがた映し出された、何処かに向かって疾駆するネクサスを見つめる。
その顔は、……一言でいえば、鬼神だ。
般若の能面は女にしか適応されないためこっちの表現にさせてもらう。
まるで烈火が吹き上がるような激情が、その表情からすぐに察せるほどだ。
いったい何が起こったんだ、と俺が言うまでもないだろう。
ネクサスは俺の息子だ。俺と思考が似通っていることくらいわかっている。
「……なんか、ね」
「もう、どういうことなのかは一瞬で察しがついた」
「進んでいる先が、私の門下生の集まりなんだけど……」
教育、どこかで間違えたかなとしょぼくれる冷に対し、俺は首を振る。
決して彼女の教育方法が間違っているっていう訳ではない。
人は、ほかの人よりも優位に立とうとする生き物だ。
優越感を得て、満足する人の方が圧倒的に多い。
その中でネクサスのような人がいることが、仲間内では大きなメリットとなりえる。
「まあ、今回のありさまを見て解散宣言すればいいと思うが」
「それもそうだね。……ネクサスが頑張ってくれればそれでいいんだけど……」
ネクサス……。
この試合で、何かが『目醒め』れば、いいんだが。




