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蒼氷のゼニス  作者: 鶴琉世乃
第1部:第1章
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第03話「入学前日、島にて2」

「クソアマぁ!」


 俺のセリフに割り込むように、誰かの怒号が聞こえた。

 その声にビクッと肩を震わせる零璃れいり。その顔は恐怖にゆがんでおり、それだけで彼女……間違えた、彼が臆病だということを体現しているようだった。


「なんだ?」

「……知らないよぉ……」


 ガクガクと震える零璃の手を、俺は反射的に握りながら声のした方向に首を回した。

 数人、こちらに向かってくるような気配。男が3人ほど、女が1人。

 先ほどの叫び声を聞く限り、男が女を追っていると考えて間違いじゃないだろう。


 女の方は、シルエットのみでよく分からないが、かなり髪の毛は長いことだけは確認できた。

 よく見えないが、そのシルエットだけでも女性的なシルエットだと言うことくらいは分かる。

 胸は小さかろうとも、少なくとも今俺の隣にいる零璃とは違ってきちんと女である。


「まあ、俺とは関係のない話だな」


 向かい側の歩道を全力疾走していく少女と、それを追っている男たちを目で追いながら、俺はつぶやいた。

 ……俺が干渉する義理はないんだし、そもそもそんなことをしている暇があったのならさっさと晩飯を買わないと。


「……助けにいかないの?」

「俺には関係ない事柄だからな」

「……思った以上に、薄情な、人……なんだね」


 ぐっ。

 そんな、目で俺を見つめるんじゃない。

 男とは言え、なんだかんだで容姿や服装は完全に女。

 それが、心無しが目を潤ませてこちらを見つめているんだから、たまったもんじゃない。


「……分かったよ」

「よかった……」


 零璃あざとい。絶対に意識していないがあざとい。


 俺は視界から消えそうになる男の一人に向かって足を動かす。

 足を動かしたのは一回、そのままスライドするように進むとともに、周りの景色が静止したような感覚へと誘われる。


「はっ!?」


 時が動き出したのは、俺が男に肩からぶつかって吹き飛ばした後だった。

 男の口から漏れ出たらしい声が、怒号を遙かに上回る音量で夜道に響きわたって。


 壁に男が激突する、ズドン! といった音に驚いたのか、先ほどまで全力疾走していた全員が立ち止まって、彼らは示し合わせたか、とこちらが疑問に思ってしまうほど同時に振り向く。


 それは追われていた少女も例外ではなかった。


「あぁ?」


 俺は壁に叩きつけられ、そのまま地面へと伸びた男の襟首をつかんでほかの2人、その前へ放り投げる。

 唖然、その2文字が似合うような顔で俺を見つめる男たち。


 今のうちに少女が我に返り、逃げてくれればいいが、と俺は考えながら目をそらす。

 そして、俺は動きが完全に止まっている男たちに声をかけた。


「……ああ、すまない。人って、急には止まれないんだ」

「はぁっ!?」


 「は」と「あ」しか発音できなくなった発声装置のように、同じ言葉を発する男。

 俺はそんな2人には興味を示さず、後ろの少女に目を向けると……。


 少女は、腰に装着していたらしい拳銃の柄で、追っ手のこめかみを殴り意識を奪っていた。


「……え」

「敵かにゃ?」


 俺が呆気に取られる暇もなく、次は柄ではなくその銃口が、俺に向かっている。

 質問をしているようだが、俺は否定するしか生きる道がないらしい。

 ……ていうか、「にゃ」って。


 俺はため息をついて首を振り、向かい側の零璃に視線を逸らす。

 相変わらず怯えた顔をしている。が、俺のこの状態に不安はないようだ。


 まったく、信頼されているのか、どうなのか。


「逆に俺からの質問をしよう」

「私が訊きたいのは回答であって」

「俺に銃を突きつける理由が見あたらないんだが、なぜ俺はこんな状況になっている?」


 少女は、俺が銃に対して恐怖心をいだいていないことを悟るとそれを引っ込めて元の鞘にしまう。

 と、俺をキッと睨みつけた。

 そんなことより、彼女の身体から分泌していると言ってもいいほど発散されているこの謎の雰囲気は、なんだ?


「一人でも対処できたのに、なぜ?」

「さぁ?」


 他愛もないにはほど遠い話をしながら、俺は少女の容姿観察に入ろうとする。

 が、それも彼女が銃を抜きかけるカチャリという音で俺は中断した。

 出来るだけさりげなく、やろうとしたのだがどうも気づかれてしまったらしい。


「どこを見ようとしているんですにゃ?」

「その銃をちょっとな」


 髪の毛の色は焔を体現したかのような猩々緋。長さはとても長く、


 目はつり目で同じ赤。……それにしても、吸い込まれそうになってしまうような、とても魅力的な目をしているな。

 顔は全体的にキツそう、というイメージよりは猫科のイメージだ。口調も相まって、実際にはないはずのねこみみすら見えてしまいそうになるほど。


「……っ」

「その銃、どこかで見たことがあるんだよな」


 拳銃が位置的に、少女の腰あたりというのは好都合だ。

 おかげで、こうやって適当に話を延ばしながら観察が出来る。


 ふむ、身体のラインは細い。同時に胸もほぼない。

 顔は凛々しさを漂わせており、それだけで秀麗だということくらい判断出来ると言うもの。

 ただ、溢れるなんと言えばいいのか。……エロい。


 服装は、下は黒のホットパンツで同じく黒一色のニーハイソックス。黒の中に映える白い足が眩しい。

 上はほぼチューブトップの黒いインナーの上に、白くてそれこそ透けそうなほど薄い上着を羽織っている。そう、上の服は胸しか覆っていないのだ。


 なんども言うが、エロいんだよこの娘!


「そもそも、ミラクの華麗なる逃走劇に干渉すること事態がおかしいにゃー!」


 ん? と俺は彼女の名前にすべての意識を向けた。

 いやちょっと待ってくれ。今この子、ミラクって名乗ったよな?

 その名前、俺の記憶に残っているんだが。


「えっ?」

「何にゃ?」

「えっ、八神やがみ魅烙みらく?」

「にゃんで、ミラクの名前を……?」


 あ……、あってた。

 目の前の少女、魅烙は俺を見つめて数秒。


 納得したような顔をした。


「あ、ネクサス君かにゃ?」









「……ええっと、……?」

「にゃん?」

「なぜ……、こんな状況になっているの……?」


 知らない。と俺は困惑しきっている零璃の肩に手をおいた。


 今、俺と零璃……そしてなぜだか勝手に着いてきた魅烙はコンビニにむかっている。

 俺が撥ね飛ばした男や、その取り巻きはどうするべきなのか迷ったが、最終的に放置することに決めた。


 能力者は、ふつうの人間と身体の強度が違う。

 個人差はあれど、たとえば俺の場合なら多少の無理な脚の動きには耐えられる。

 10メートル飛び上がったり、時速60キロで走ったり。


 そのため、放っておいても後で勝手に起きるだろう。


「……ところで、……この痴女は、なんなの?」

「痴女じゃないにゃ!」


 零璃が痴女認定するのも仕方がない。

 どう見ても、露出度が高すぎるんじゃないか。


 俺はため息をついて、零璃に紹介することにした。

 後ろを向いて、魅烙を指さしながら俺は答える。


「……両親の、親友の娘だ」

「にゃにゃ? 名前? 八神やがみ魅烙みらく、ね」

「やがみ? ……あの八神?」


 この人、八神の姓も知っているのか、って……ん?

 まて、零璃の名字ってなんだっけ?


「そだにゃー」

「あ、あの! 関帝かんてい零璃ともうしますっ」


 今思い出した。

 この人、家系がやばい人だ。

 忘れてた。


 すっかり忘れてた!


「かん、てい?」

「あ、でも……家柄のことは、……気にしない、方向で、お願いしたい、です」


 魅烙、黙って何も言わなくなる。

 それもそのはず、関帝家とは日本でも屈指の名家だからであるからだ。

 八神家が今でこそ有名だとは言え、関帝家と比べたら……と思うと、「比べることすらおこがましい」という人の方が多いだろう。


「でも今代は、同い年の女の子おにゃのこは居ないってパパが言ってた……にゃぁ」

「確かに、女の子は居ないんだが……」


 この零璃は男だし、別に魅烙の情報は間違っていないんだが。

 そりゃあ、この容姿と服装を見て一目で男だと判断出来る人なんて、普通は居ないんだろうがな。


「にゃ?」

「あのっ……えっと」


 顔はこんなに可愛くても。


「えっ、無いとは思うけどもしかして」

「あの、その……」


 服装がミニスカ・ガーターベルト・ニーハイソックスと完備していても。


「もしかして、おとこ……?」

「は、はい」


 だが、零璃は男だ。


「……え」

「ごめんなさい……ごめんなさいぃぃぃ!」


 紛れもなく、男だ。

 この事実は、変わらない。








 魅烙の声が、人工の光で満たされた夜道に響きわたる。


「ええええええええええええええええええええっ!?」

更新1日目は、3話で終了。


読了感謝です!

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