第23話「試合前準備1」
第1回公式試合を3日後に控えた水曜日。
俺と零璃はしっかり吟味した上で【小組制度】を利用することにした。
「はい、受理」
ここは職員室だ。そして目の前にいるのは担任の王牙さん……ではなく、副担任の華琉さんである。
うわぁ、この人凄い色気醸し出しているな、と思いながら俺は華琉さんを見つめていた。
魅烙の母親だから、特に欲情とかはしなかったけど。
華琉さんと王牙さんは、どうしても先生のイメージがないんだよなぁ。
小さい頃から家族ぐるみで仲がよかったからか。
「この制度、多分ほとんどの生徒は使わないけど大丈夫?」
「まあ、親父は当時ほとんど使われてなかった【同盟制度】をここまで活性化させたんだから、その息子である俺が出来ない訳ないでしょう、と思って」
「……さすが、ネクスト君の息子だね」
なんか、妙に遠くを見るような目をしだしたぞ、華琉さん。
大丈夫か? と俺と零璃が本気で心配した方がいいのか決めあぐねていると、彼女は正気を取り戻したようだ。
「はっ」
「そんな反応、リアルで見るとは思いませんでした」
「ごめんね、ごめんね。……ええと、【小組制度】の受理だったね」
その話は実質もう終わったんだが……。
マニュアル的な問題なんだろう、一応念を押される。
さっき「受理」って言われたばっかりなんだがなぁ、と俺は思いながら、話を聞く。
うん、あの冊子に記してあったとおりの内容だな。
「大丈夫なのね?」
「大丈夫ですっ」
零璃が代わりに返事をしてくれた。
そう、と華琉さんは頷くと書類を机にのせる。
ほかの職員の机、ほとんどが書類やなんやかんやで凄く散らかっているというのに、華琉さんとその隣の王牙さんの机はきっちりとしている。
……ふむ。なるほどね。
「ん、アルカディアと関帝零璃か」
「あ、烏導先生」
と、途中で生徒指導の烏導輪化先生登場。
相変わらず心の安らぐ声をしている。本当にいいなこの声、声帯交換してくれないかね?
「そろそろ第1回公式試合だな。自信は?」
「まずは様子を見てからって感じです。そのために今日職員室に来たんですし」
「お、【小組制度】を使うのか。珍しい」
あ、これで本当に珍しいことが確定した。
生徒指導の先生が「珍しい」ということは、本当に前例が少なかったりするんだろう。
華琉さんと烏導先生がなにやら話をしている。
うーむ、そんなに異例なことなのかね。
「まあ、こういう時こそ使うべき制度なんだけどな」
「学園の方針が、なぜか個人主義に変わってきてるからね……。同盟に入らない人はソロっていう認識が……」
うん、俺たちには理解できない話になった。
こんなところで突っ立ってても仕方がないんだけど……。
「あ、ごめんね。またお話がそれちゃった。一般訓練場は絶対に上級生でいっぱいだから、小組専用の場所に案内するね。……って王牙先生、連れて行って?」
「今帰ってきたところなんだけど……あーはい」
王牙さんが帰ってきたようだ。背広を着ているところからするに、出張かな?
って、小組専用の訓練場があるのか。どう見ても俺たち専用じゃないか。
え? 本当は使われていないけどもしかしてこの制度、かなり当たりな制度なんじゃないか?
「ちょっと待ってくれ。着替えてくる」
「はぁーい」
うーん、どう見ても夫婦だよな。
いや、夫婦なんだけど。学園の中でもちゃんと夫婦夫婦してるんだな。
幸せそうで……うーん。
いや、でもちょっと幸せって言うのとは違うのか?
「ところでネクサス君、魅烙とはどうなの?」
「どう、とは?」
意味が理解できず、俺が聞き返すと華琉さんは「仲良くやってくれてる?」と訊いてきたではないか。
仲はいい、のかな?
「今のところは」
「ネクサス君なら気づいていると思うけど、結構強がっちゃっているところもあるから……お願いね」
お願いされちゃったけど、どうすればいいのか分からず俺は隣に立っている零璃の方を向く。
ぐっ! と親指を立てられた。訳が分からない。
訳が分かりません零璃さん。
と、王牙さんが着替えて戻ってきた。
スーツ姿は精悍なイメージでかっこいいのに、なんで着替えたらワイルドなんだろう?
「ここが小組用の訓練場だ。普段は使われていないから、鍵がかけられているけど……これ、渡しとく」
「えっ」
「合い鍵だ。第1回の公式試合が終わったら返してくれ」
たしか、公式試合は土曜日か。
それまで貸し切り、いいねぇ。
「え、広くない? えっ?」
零璃がその広さに困惑していた。
それもそのはず、見学の時に見たほかの訓練場よりは小さい、とはいえ小さな体育館くらいはあるだろう。
そこを俺と零璃が二人で貸し切れるのだ。
「ここの能力耐性は?」
「理創源氷羅が本気を出さない限りは」
あ、大丈夫だ。
姉さんが本気を出さない限り壊れないとか、頑丈すぎるだろ。
どんなテクノロジーを使用しているんだろう?
「あそこにダミーがあるだろ?」
王牙さんが指さしたのは、ちょうど人間の姿をした人形だった。
人体模型に近いイメージだ。
「あれに攻撃を当てることで、上にあるモニターにどれだけのダメージが与えられているのか、分かる」
例を見せるぞーと王牙さん、そう言ったかと思うと右手で空気を握りつぶすような動作をする。
つぶしたと思って手を開くと、そこにあったのは氷の塊。
いや、【氷属性】の塊だろうか。
「てぃ!」
かけ声可愛いな!
絶対戦争していた時そんな声じゃないだろ!
しかし、可愛いのは本当に『かけ声』だけだった。
簡単に言えば、【氷属性】の波導みたいなものが王牙さんの右手から放たれたんだが……。
シルエットが完全に龍。巨大な白い龍が、牙を剥いて標的に向かっている感じ。
そして人形に当たったと思った瞬間、人形が無くなった。
えっ。
「あ、やりすぎた」
王牙さんからそんな声が漏れて。
人形の上にあったモニターが『測定不能』とか巨大な赤文字で表示している。
零璃の方を向いたら、口をポカーンとあけたまま人形のあったほうを凝視していた。
でも、そこには何もない。
塵すら残っていないのだ。
「まあ、こんな感じで『消し』ちゃったらエラーが出るから気をつけてな」
「消すって……。えっ、人形は、どこにいったんですか?」
「本当は公式試合で離脱対象になる程度のつもりだったけど、カッコつけて少し強くしすぎた」
『少し』強くしすぎたっていうレベルじゃない。
むしろこれが『少し』なら、本気でやったとき都市一個余裕で吹っ飛ばせたりとかするんじゃないか。
「烏導先生もこのくらい出来るぞ。あっちの場合溶かす方だけど」
「それはこの前確認したけど……」
「ああ、普通は溶けないネクサスの氷を溶かしたんだっけ?」
あんなのまだ序の口だ、と王牙さん。
こ、こえぇ。
「一番怖いのはお前の親父さんだけどな」
「あー予想がつく」
親父は、本当に予想がつくから困る。
【伝説】と呼ばれる程度には強いのだ。
もちろん、王牙さんや烏導先生なんて正直相手にならない。
特に母親や俺、姉さんを競技以外で傷つけたり、傷つけようとした人に対する勢いはヤバい。
触れただけで人を殺せそうな殺気を発散させるんだもの。
誰だって浮き足立つだろうし、多分戦争をしていたころはそれを一つの武器として使っていたんだろうな。
「まあ、ということで。ダミーは自動的に補充されるから、あとは自由にどうぞ。……土曜日を楽しみにしてる」
そういって、出て行く王牙さん。
俺と零璃は、お互いに見つめ合って。
先ほどの衝撃的な光景を、記憶の中に焼き付けることを最優先とした。
王牙さん、さすがです。




