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蒼氷のゼニス  作者: 天御夜 釉
第1部:第1章
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第02話「入学前日、島にて1」

「疲れた……。本当に、疲れた……」


 俺は、割り当てられた寮のベッドに腰掛けて周りを見回しながら、今日の記憶を反芻していた。

 今日はいろいろなことが起こりすぎて、という意味だが。


 まさか……まさか零璃が男だったなんて。


 いろいろな感情が入り交じって胸がとんでもなく、もやもやして俺はベッドの上を二転三転とした。

 実に悶絶状態で、ついにはベッドから転げ落ち俺は床で乾いた笑いをあげる。


「……ハハッ」


 乾きすぎて、自分の声ではないのかと一瞬勘違いしてしまったほどだ。

 ……それにしても、男であったことに俺はショックを覚えているのか。

 それとも、男でもあそこまでの魅力を醸し出せることに感心しているのか、なんなのか自分でもよく分かっていないのだから余計質が悪い。

 なぜスカートを履いているんだ。見たところ、ミニスカートに近い丈だったぞ、あれ。


 ……まあ、とにかく、だ。

 男とは言え、容姿のいい人がいるというのは十二分に確認できたから良しとするべきではないか。

 両親の出身校ということもあり、なんだかんだで俺は明日の入学式を楽しみにしていた。


 改めて部屋を見回すと、ベッドとほかには見事になにもない。

 日本各地から来ている人なら家具などはある程度送ってきてくれている人もいるのかもしれないが、何せ俺は……。

 そりゃあ、送ってくるはずもないわな。仕送りで何とかするしかない。


「この島、どうなっているんだ?」


 俺は自分に問いかけるようにしながら、天王子学園に関する資料を漁る。

 持ってきていないようだ。地図……地図。


 ないか。

 とりあえず、外で適当に歩いていたらそのうち見つかるだろう、という希望的観測で俺は部屋のドアに向かう。

 かなり適当な性格だし、そもそも俺は諸事情あって思考が堅い傾向にあるような気がする。

 うん、何とかしたいのは山々なんだが、どうしよう?


 と。そとからコンコン、という遠慮がちなノックが聞こえた。

 俺がここにいることは一人しか知らない。ということは、ノックしているのはあの人だけか。

 俺はドアに近づくと、一応万が一のことに備えていつでもドアを閉められるようにゆっくりとドアを開けた。


「……こ、こんばんは……?」

零璃れいりか。どうした?」


 万が一のことは万が一のことであり、いきなりそんなことはもちろんなかった。

 目の前にいるのは、先ほど別れたばかりの美少女……間違えた美少年である。


 服装は先ほどとそんなに変わっていないと思ったら、黒と赤のしましまニーハイソックスとガーターベルトまで完備という恐ろしい服装をしていた。

 この人、自分が男だって分かっているのかすら怪しいんだが。


「えっと……一緒に買い物とか、いかない?」

「女だったら、ここは飛び上がって喜ぶべきなんだがなぁ……」

「ん?」


 首を傾げる零璃に、俺はなんでもないと伝えて天を仰ぎ見た。

 インクをぶちまけたように朱に染まる空。もう夕方か、と俺は判断して彼女……ではなく彼に向かって頷いた。

 ……何十回も素で間違えてしまいそうだ。それにしても、体つきも筋肉なんて全く見つからないほどスレンダーで、男なら当然だが胸もない。


 しっかし、顔もかなり中性的というか……よく見れば見るほど女性的で間違いを犯してしまいそう。

 主に俺自身が怖い。理性をどこまで保てるのか、いい訓練台になるような気がするが下半身も反応しそうだ。


「……なら、早くいこ」

「ここの地図とか、持っていたりしないのか?」


 零璃は首を振り、代わりにおどおどしたような顔を俺に見せながら頭を指さした。

 ……まさか。まさかとは思うが……。


「…地図なら、すべて頭の中に入っているから……だいじょうぶだよ」


 それ、本当にだいじょうぶって言えるのだろうか、不安で仕方がないんだが?










「まずは……どこに、いきたいの?」

「そんなにおどおどしなくても良いのに……確かに、凄んだような声を出したのは俺が悪かったが」


 そう、ヘリコプターに乗っていたとき。

 俺は彼女……じゃなくて彼から性別を告げられ、ほぼ条件反射的に声を漏らしていたのだが。

 その声が「は?」と自分考えてみても威嚇していような声だったため、すっかり零璃はおびえてしまったようだ。

 そんなに怯えていながらも、俺と行動をわざわざ一緒にしてくる当たり、なにかあるように思えて仕方がないんだが、気にしない方がいいのか?


「う、うん……。ひぁっ!?」


 気が付くと、俺は無意識ながら零璃の頭をなでていた。


 ……ああああああああ!

 やってしまった。心では男だと分かっているのに、本能的にこの子は女だとしているらしい。

 もういいよ! 愛でる!


「ずいぶんと可愛い声を出すんだな?」

「ごめんなひゃ……うぁぁ、撫でないで……」


 ボク男なのに……とか言っているが、気にしない。

 気にしてはならない。こんな可愛い子が男の子なはずがない。

 そう自分に言い聞かせながら、数分後。


「ひ、ひどい……」


 俺は真っ赤になって力が抜けそうになっている零璃を解放して、案内を促した。

 身体をびくびくと震わせ、建物の壁に手を着いて息を落ち着かせようとするその姿はどうも劣情を煽り立てるような感じがしてならない。

 頭を撫でた以外には何もしていないんだが。

 ……髪を梳いたり、というのはしていた。長い髪の毛は地毛らしい。


「ひどいって何が?」

「……うぅー」


 ひぅ、と相変わらずの声を発して、零璃は深呼吸をすると左の方を指さした。

 銀行はそっちということか。それにしても、これだけやられて俺に対する警戒心を全く抱かないと言うのも少しおかしい。


「……そういえば」

「どうした?」


 ネクサス君、だっけ? と零璃。

 覚えてくれているとは、嬉しいことだな。

 俺は頷くと、零璃の方を向く。

 ……これでもやはり、男なのか。どうみても女なんだが。


「ネクサス、君は……どんな能力者なの?」

「えっ」


 どんな能力者、か。

 うーん、どう言えばいいんだろう。

 ここで流すか、それとも白状するか、だが。


「あ……ボクの能力は『永久記憶エターナルメモリー』。完全記憶能力……」


 くそ。

 先に自分の能力を言って、気まずくさせてきた。

 あと、属性は風、と零璃。

 ……うぐぐ。


 俺は観念したように手を挙げて、質問に答えることにした。


「……『ISC』。詳しいことは入学後」


 属性は氷、と付け足しておく。

 俺の場合、能力が少々特殊すぎるため割愛させていただくとしよう。

 ほぇー、と納得がいかない様子の零璃だったが、何か思い当たる節があるのか黙り込む。


「……『ISC』? ……どこかで、聞いたことが……むむむぅ」


 はっ、と俺の方を向く零璃。

 その顔は、達成感に満ちあふれており、眼は細められている。


 くっ、気づかれたか?


「それって、……涼野すずのれいさんと同じ能力?」


 気づかれてたー!

 はい、その人は俺の母親です。


 日本では「涼野」姓の方が有名なため、そのまま使っているが旧姓であり。

 正式には、レイ・アルカディアの名前。それが俺の母親であり……。


「……そっか、……【剣聖】と、同じ能力、かぁ……」


 零璃のいう【剣聖】が、全世界で一番有名な女性の証であろう。

 簡単に説明すれば、その名の通り「世界最強の剣士」。いろいろと制限はあるものの、普通はその認識で大体あってる。


 俺が彼女……彼を撫でたときとは違う理由で、零璃は頬を上気させていた。

 ……なんだか、面倒なことになってしまいそうだな。


「頼むから内密にしてほしいんだが」

「ん……、わかった……」


 コクリと頷く零璃は、思った以上に素直。

 ……ふむふむ。いいや、これで。

 俺は頷くと、遠かったようで近い銀行の前に到達したことを、やっと認識したのだった。









「……親父、銀行預金いれすぎだろう」


 「0」の数が、6つはあった。

 ATMから一ヶ月分の生活費を引き出した俺は、通帳に記載されていた金の量を見違えたかと思い、一度見直した。

 目を凝らしても、「0」は6つ以上ある。自分の目がおかしくなったのかと思い、隣で首を傾げていた零璃に通帳を渡して、確認させる。


「……に、2千万……」

「あ、俺の眼に間違いはなかったのか……。本当に、入っているのかよ」


 あまりにも、これは非常識すぎると言ってもいい。

 いや、俺は間違っていないはずだ。これが常識だったら、俺は今から考えを改めなければならない。


 大は小を兼ねるとでも言いたいのか。兼ねすぎである。


「これだけの大金、どうしろっていうんだ」

「でも、備えあれば憂いなし、っていうし……あ」


 次は、零璃の方が俺に通帳を確認させる番だった。

 ……ふむ、俺と同じくらいの額は入っているな。

 三回確認したが、もちろん「0」の数は変わらなかった。


「……これが、普通、なのかな?」

「いや、そんなことないだろう……。俺たちの親が異常に違いない」


 そもそも、学費や寮の家賃など諸々が積み重なって、一度にそれだけ払わなければいけないなんていうことがあればあり得る話なんだろうが。

 そんな話はないわけで、俺に至っては学費・寮の家賃ほか諸費が免除されている。


 明日俺や零璃が入学する『天王子学園』からの直接推薦。

 学園側から「是非来てくれ!」という要請のため、その他いろいろな特典はあるにはある。


 しかし、そんな話は正直どうでも良いのだ。

 部屋に帰ったら、俺は親父に電話する。こんなに金はいらない。

 きっと振り込む額を間違えて押してしまったに違いない。俺は信じないぞこれが親たちのまともな判断だなんて。

 ……自由に使え、ということなら、俺は喜んで使うが。


「零璃、コンビニに行って夕飯を買ったら帰ろうか」

「うん、……そうだね」


 夕日もすでに沈み、空の色は紺色へ変貌を遂げようとしている。

 外灯が点いて、少しずつ周りが人工的な光に包まれていく。


 零璃が「こっち」と寮の方向を指さした。

 どうやら、寮から出たときは気が付かなかったが寮の向かい側にコンビニがあるそうな。

 俺は全く気が付かなかったが、さすが完璧な記憶を持っている零璃のことだ。本当にすごいな。


「……明日から、天王子学園の生徒……」

「そうだな」

「ネクサス、くんは……緊張とか、しない?」


 零璃の言葉に、俺は首を振った。

 確かに緊張もしているが、俺は日本に到着するまでの飛行機で、いくつかの目的を立ててきたのだ。


 両親の口車に乗せられたとは言え、さすがに女だけを目的として学園に通うのもさすがに異常だ。そう思った俺は、正当な目的を持つことにした。


「俺には、目指すべき場所があるからな。緊張しない」

「……目指すべき、ばしょ?」


 ああ、と俺は頷いた。

 俺の目指す場所、それは天王子学園最強の座。


 序列1位。またの名を……。


「……ゼ「クソアマぁ!」


あと一話、更新します。

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