第197話 「待合室で」
お久しぶりです。やっと終わらせる覚悟ができました。
「落ち着いてくださいよ、ネクサスくん」
ゼニス決定戦まであとすこし、ほんの数十分といったところで俺はガタガタと震えていた。
今までは本番に強いタイプだと思っていたのだけれど……。どうも、俺の予想は自分のことすらよくわかっていないという事を証明するものになってしまった。
正直、肩の震えが止まりそうにもない。これは武者震いではなく、恐怖と緊張に拠るものだとはよくわかっていた。
だって、ねえ? 姉さんだよ、相手。
俺は母親と親父の子供で、遺伝を持っているおかげで神力を使うことができるが、姉さんは違う。
姉さんは人工生命体だ。親父……ネクスト・アルカディアのなんやかんやと、母親……涼野冷のなんやかんやを、なんやかんやして作り上げたいわゆる「半クローン」みたいなものである。
「絶対勝てないって。勝てない勝てない」
「勝てます。……ネクサスくんは、勝てます」
本当に? と聞き返すようにすれば、澪雫は笑顔を向けて確信するように俺を見た。
……彼女の顔は笑っているものの、その目は本気だ。俺の勝利を、全く疑っていないという顔。
俺はとりあえず、深呼吸をすることにした。
息を吸ってー……。
吐く。
よし、大分マシになったぞ? 気持ちも落ち着いたし、このままの状態を保てばなんとかなるかもしれない。
「おお、落ち着いたね」
魅烙も、俺を見て驚いたような、安堵したような顔をしている。
よし、大丈夫だ。
……だだだ、だ、だっだだ大丈夫。
「……なんだか、落ち着いてないね?」
何故分かった。
……まあ、魅烙なら分かるか。
そんな状態を見て、刑道たちは空気を読もうとしたのか、他の人達を引き連れて観客席に向かってゆく。
魅烙と澪雫は、最終的にここで。一番試合会場から近い場所で診てもらうことになるのだけれど。
とにかく、今は。向かい側に見える姉さんに意識を集中しないと。
両親の銀髪、母親の目。親父の気品に、母親の美しさ……親父の強さ。
全てを兼ね備えた、俺の目前の……目標が、そこに居る。
隣に居るのは陸躯さん。……たしか、親父は認めなかったんだっけか、俺はよく知らないけれど。
「目の前に居るのがとんでもない気がする」
「……でも、貴方の超えるべき相手です。いくらお姉さんであっても、今日越えなければ」
姉さんは、優しいけれど、甘いわけじゃないからな。
……俺は、俺のするべきことをするだけか。
「さて、行きますか。……魅烙、澪雫」
俺が2人の方を向くと、2人はきょとんと首をかしげた。
そして、次に何を発するのかとじっと待っているようにも見える。
「……俺が勝ったら、2人とも卒業後、俺の嫁になってくれよ」
その言葉に、彼女たちがどんな顔をしていたのか俺にはわからない。
けれど、2人が抱きついてきたことを考えるに、やっぱり笑顔で居たのだろうか。
澪雫が、魅烙が。
静かに俺から離れたのを感じて、俺は目の前をじっと見つめる。
目の前に集中だ。
……がんばろう、なんとかなるさ。
俺には、護りたい人が出来たから。
愛せる人が出来たから。
涼野冷を愛するために、他の全てを敵に回す勢いでなんとかした父さんのように、俺だってなれるはずだ。
そして……。
「オレは、ゼニスになる。……そして、父親を超える」
いつの日か誓ったその時、父親にどうしようもなく憧れたあの時と、俺は何も変わっていない。
さぁ、行こうか。
200話丁度に終わる予定です。
予定でした。