第188話 「醒力:AWP」
速い。
試合開始とともに私はそう感じました。彼の速度が、何もかもが、こちらの今まで見てきた中で一番速いということが、すぐに分かる程度には。
今まで手加減していたのでしょうか。たしかに、この速度で相手に突っ込めばそのまま殺してしまいそうです。能力に制限がかけられても、生身の身体能力に制限はかけられません。
もっとも、能力面の制限も、「神力」を手に入れてしまったネクサスくんには関係のない話です。
滅多に使いたがりませんが、その意味はわかっています。大切な時のためにとっているのでしょう。
それが何か、私にはよくわかりません。ただ、どうしても色々と引っかかるところがあるのです。
「考え事は良くないぞ」
後ろから声。一瞬だけですが、考えに気を取られて彼の姿を見失っていたようです。
私にはどうしようもありませんでした。背中を強く蹴られ、能力の吹き飛ばし効果も相まって強く吹き飛ばされる。
そのまま大きくローリングしながら私は前方へ吹き飛ばされていました。
しかし、追撃がありません。
ネクサスくんは手加減をしているのか、他の原因があるのかわかりませんでしたが、次に来るはずの攻撃がありませんでした。
ネクサスくんの攻撃は残酷さを併せ持っています。能力の源が殺意と愛情なのですから当たり前です。
「大切な人への愛情を、敵には殺意として向ける」
それは、大切な人を守る最強の楯になっていたでしょう。
同時に、憎き人へは最凶の鉾となっているのです。
矛盾とはよく言ったものです。しかし、ネクサスくんが複数いるわけではないので、それが実証されるかはよくわかりません。
「考えるな」
感じろ、とはよく言ったものです。ただ、私の場合はそれが出来ます。
私は自分の本能が赴くまま、剣を振りました。
眼を閉じていても、寧ろ聴覚が自分を強化してくれます。
左から轟音がしました。ネクサスくんが「生身」で突撃する風切り音です。
そちらに目を向け、後ろへ一歩、小さく下がります。
そこからいなすのは簡単です。
質量の暴力だろうが、速度の暴虐だろうが、私には関係がありません。
剣を走らせるのです。ネクサスくんが向かっていくのに合わせるように。
力はほとんど使いません。
ただ、押し出したい時にほんの少し、氷属性で圧力をかけるだけ。
自分はその反動で少し後ろへ下がります、それだけで、ネクサスくんの突撃は大きく私から離れていくのですから。
「ぐぬ」
しかし、ネクサスくんの突撃はそれだけでもかなりの威力です。うまくいなせて無かったらアレで病院送りかもしれません。
師範の戦っている姿をきちんと見ていて良かったです。
ネクサスくんの脚力は、ネクストさんのお下がりでしょうか。
いや、お下がりではないですね。少なくとも、能力の載せ方がうまいです。
今回は「神力」を使わないと宣言したということは、それを本当に使っていないということです。
ネクストさんは、「神力」を使ってして超高速移動を可能にしています。でも、今回ネクサスくんが使っているのは普通の「醒力」です。
ああ、「醒力」というのは私達の使っている属性能力ではなく、覚醒を可能にした人たちが、属性能力を使うときに無意識に使っている能力のことです。
これはどこだったかな。ネクストさんの書いた本で読んだのでしたっけ。やはり現人神になれば、自分の知っている知識量も増えるのでしょうね。
ちなみに「属性能力」は「Ability Power」なのでAPですが、「覚醒能力」も頭文字だけを取ると「Awake Power」なのでAPです。
そのために、区別するために「AWP」になっているらしいですね。
上位互換みたいで分かりやすいでしょう?




