第182話 「剣術少女のヤキモチ」
ん、氷羅が私たちに言っていたとおりだね。かまわないよ」
ネクサスくんのお姉さまは、自分自身の留守中に弟が訪ねてくるのをわかっていたらしく、ヴァロッサさんは特に悩む事もなく承諾してくださいました。
ただ、彼女の同行つきという条件でしたが、ネクサスくんが【神力】を扱えるという事実は知られていますし、それは真似できるものでもありません。なので問題はないのでしょう。
「よーし、行こうー!」
ヴァロッサさんは変にハイテンションでしたが、いったい何が起こったというのでしょうね。私には理解できません。
理解はできませんが、その未知のものを見る子供のような視線がネクサスくんに注がれているのをみると、いい気はしないのです。
魅烙さんは何も感じていないようですけれど。……私もついに、他の女の子に対してヤキモチを妬くようになりましたかね?
「……」
私は、私がどんな表情をしているのか自分でもわかりませんでした。おそらく、むすっとした顔をしているのだろうことは自覚できました。なぜこうなっているのか、私自身わかってないのですけれどもね。
でも、私の顔も気分も、自分が考えている以上に複雑だったようです。
気づけばネクサスくんが、会話をやめて私の方へ近づいてきていました。
「顔色悪いけど、どうした?」
「いえ、別に何も……」
私は、やはり自分の気持ちを彼に教えることができませんでした。きっと彼を心配させてしまうのではないか、とどうしても考えてしまうのです。
既に心配をかけているということは棚に上げて。
「今日は訓練を止めにする?」
今日の訓練は私のためではなく、心配させてしまっている彼のためであるというのに。
私は首を振りました。私のことなんて考えずに、自分のことだけ考えればいいというのに。
いや、今は自分に嘘をつきましたね。自分のことも少しだけ、ほんの少しだけでいいので考えて欲しいです。
「いえ、いきましょう?」
私は笑顔を作ります。顔が、自覚できるほど引きつっていることは感じ取れました。そして、自覚できるほどということは相手にも分かるということです。
ネクサスくんは、私の手を掴んでヴァロッサさんや他の人に頭を下げると、何も言わず外に連れ出します。
その時の私は、ただただ夢を見ているようでした。何か彼を怒らせてしまったか、それとも見限られてしまったか。
詳しくはよく分かりません。考えられません。指にはめているこの指輪がある限り、彼との絆はそう簡単に途切れることのないものになっていると考えていましたから。
「ちょっと妬いた?」
「……ごめんなさい」
「そう言ってくれればいいのに」
ネクサスくんは、私の目をばっちりあわせてきます。
その奥に、指輪をはめてもらった時と同じ感情が、宿っていることに気づいた私は。
「……少し嫉妬しました」
「澪雫と魅烙は、特別だからね?」
ソキウスの他のメンバーとも違う、また学園の人たちとも違う。
ネクサスくんは、私から視線を逸らそうとしません。
「でも、違うとわかってても、嫌です」
「そっか」
ヴァロッサさんは、ネクサスくんが物心のついた頃から一緒にいたと聞きます。付き合いの長さが、逆に未だ1年と少ししかない私に不安を与えてくるのです。
私は、ネクサスくんに嫌われたくありませんでした。嫌われないように自分を押し殺してきたつもりです。
最初はなぜ、あれだけ憎んでいたのかわかりません。
わからなくなるほど、心情の変化が有ったのです。
「俺は、本心を曝け出してくれる澪雫のほうが好きだよ」
苦しんでいるときは癒してあげたい。
泣いているときは励ましてあげたい。
彼はそれが「夢だ」と私に話をしてくれます。
そう聞いてしまうと、自分の今さっきはなんだったんだろうって。
どうしても、考えてしまうのです。自分は、まだ彼の願いを理解できていなかったのですから。
「……ずっと、傍にいてください」
「うん、分かったよ」
ネクサスくんは、実に嬉しそうな顔で頷くと手を握ってくれます。
やはり幸せだと思うのです。こういう一瞬一瞬が、すべてが。




