第167話 「それぞれの思い」
御氷一刻は、苛立っていた。自分が手に入れるべきだった、手に入れるはずだった人生が、目の前の男に全て掻っ攫われていることに、ただ憎悪が膨張していくのを感じる。
もちろん、自分がなにか問題を起こしたのであれば、何も文句は言えない。
だが、幼少期から少年期に差し掛かる頃、突然告げられた美少女との婚約解消。その事件から、彼の人生は大きく変わってしまったとも言える。
まず、彼は今までないほどに太った。澪雫という存在のために磨いていた容姿がどうでもよくなった。
そして、性格は大きく歪んでしまった。たかが幼少期の約束、という形での親が勝手に盛り上がっていたことを鵜呑みにしていた彼にとって、御氷一族は自分を裏切ったと考えるようになってしまったのである。
それはただ、彼がそう思い込んでいるにすぎなかったし、それに瞬と刹那は諭しつつ半分は彼に付き添ってきたつもりである。駄々をこねる一刻にたいし、大人たちは冷たい目で見ていただけだったのだが。
しかし、今回のことで一刻は弾けた。同時に瞬たちも我慢ができなくなってしまったのである。
「こちらに付き添ってくれる人は無し、か」
相手にはギャラリーが大勢いて、こちらにはいない。
その事実を噛み締めながら、しかしそれも今日でかわると一刻は確信しかけていた。
この戦いで、こちらが勝利すれば問題はないのだ。自らの力によって、相手の力を叩き潰せば問題ない。
問題はない。……問題無いはずなのだ。
すくなくとも、自分自身には最恐の武器がある。相手なんて関係ないのさと。
「まったく」
涼野冷は、自分の息子と御氷家の次男が戦うという状況に陥って、ため息をついていた。今回、自分の息子に何かひどいことをしたのかよくわからなかったが、瞬や刹那が自分の息子ネクサスではなく、一刻に起こっているのを目の当たりにして更に混乱した。
ネクサスってば、澪雫ちゃんの事になるとすぐに暑くなるんだから。
冷はため息をもう一度ついた。一刻とネクサスの間に板挟みになっているのは、確実に霧氷澪雫の存在がある。
澪雫が一刻との婚約を解消したのにはネクサスは全くと言っていいほど関与していないのだ。
それなのに、御氷一刻という存在はネクサスを目の敵にしているようだ。いや、すでに目の敵にしている。
だから今回、こんな公共の場所で決闘をしようなんて考えたのだろう。少なくともネクストの息子に喧嘩を売るのだから、それなりの勝算は持っているかもしれない。
「ネクサス、頑張ってね」
決して彼には届かない距離から、冷は決して届かない声で応援をした。
複雑な状況だけれども、それでもやっぱり自分の息子には負けてほしくないから。
そして、自分の一番弟子には幸せになってほしいのだから。
「なんだか、この場にネクストがいてくれたらってほんとうに思っちゃうな」
そういって、冷は自分の配偶者の名前を口にした。本当によく似ている親子であるからにして、こういう時は冷よりもネクサスを知っている人なのだから。
「でも、今日は王国でお仕事だからね」
仕方ない。ともう一回、ため息。
今日で何回目のため息だろうと、少々自分にも呆れながら、澪雫との誓を終了させたネクサスを見つめた。
王国で、1人の男が城のテラスに立っていた。
男の髪の毛は銀髪で、その鋭い眼からは絶対強者の風格が現れている。
その姿は、誰よりも神々しいものであった。背中からは6対の翼が生え、それぞれが強く発光している。
「さて、行きますか」




