第164話 「一刻の激昂」
「ん? 私も立派な御氷一族なのだが」
烏導先生は、そういって知らないものも仕方ないかと笑顔を見せた。
全然知らなかった。というより、アニメや漫画と違って、御氷一族の苗字はみんな「氷」がつくと日でもないし、なあ。
ある程度は意味が統一されている。「炎」を拒絶するような苗字が多い。
その最たる例として、やっぱり「火喰」家っていうのが特徴的だなぁとは思う。今のところ把握出来ている一族の家名は「御氷」「火喰」「霧氷」「涼野」「霧氷」「烏導」の6つか。幾つか聞いたことがあるけれど、やっぱりうろ覚えだわ。
どれもこれもやっぱり涼し気な物が多いよね。
でも、そう考えれば考える程フルネームで「八咫烏を導く日輪の化身」なんて呼ばれているだけあって、御氷一族の感覚がしない。
「輪化さんは、学園で珍しい多重属性の持ち主なんだよ?」
瞬が説明してくれるが、俺にはその意味がわからない。
多重属性ってなんだっけ、確かなんだっけ。ええと、やっぱり思い出せないなぁ。
「2つの属性を使えることが前提で、それらを一緒に融合させて打ち出すことが可能なんだよね。光と炎でしたっけ、ここまではっきり2つが分離できる多重属性は見たことがないんだって」
基本炎でサブが光かな。それで日輪の化身、かな。
属性というのは親からコへ引き継がれやすいものだと聞いているから、多分珍しいんだろうね。
少なくとも、御氷という名前の一族は氷属性が多そうだな~。
実際多いのが事実であり、俺の母親も弱めだが。というよりはかなり弱いが氷属性の能力者であったし、澪雫もそうだ。
更に、特殊能力はともかく御氷兄妹もそれらしいから、やっぱり氷なんだろうとは思う。
「君の父親にはどうあがいても無理だがね」
その言葉を聞いて思い出す。
俺の父親はすべての属性を使える。誰かに一属性、一時的にだが付与することも可能だ。おそらくソレが一時的なのだろうが、多重属性という存在になるのだろうけれど。
「また会おう、すぐに会えると思うのだけれど」
手を振った烏導先生は、唖然とする俺達の前から姿を消した。
俺はよくわからず、ただ彼が消えるのは目で追うことしかできない。
それは他のみんなも一緒で、特に澪雫なんかは嫌な予感を覚えつつも、「では」なんて呑気に声をかけている。
烏導輪化先生の言葉がわかるのは、そう遠くない話だということを、俺はすぐに理解することができた。
「あ、こんなところにいたんだね」
瞬が男に声をかけたのは、もうほとんどの施設を回りきったあとであった。
澪雫の表情が途端に陰り、俺を立てにするように後ろに下がる。
それだけで相手は誰か理解できるというものだ。
澪雫は、彼を嫌っているというよりは怖がっているフシがあるように考えられる。何か幼少期にあったのかな。
「俺が何処にいようが、関係ないだろ」
ぶっきらぼうに答えながら、その男はこちらのほうを振り向いた。
瞬とパーツは大体同じなんだろうと、元は感じられるのに、本当になんでこうなったんだろうなと思えるほどにその顔はやはり歪んでいる。
「一刻、こちらがネクサス・アルカディアだよ」
「あん?」
態度もよろしくない。
やはり、先ほど俺が到着した時にまっすぐ敵意を向けてきたその人だ。
「ああ、俺から澪雫を奪った人か」
「その言い方は違うんじゃないかな」
瞬が鋭くそれを否定した。その眼は今までの温厚なそれではなく、鋭い。
怒った時の母親とよく似ている。やっぱり、御氷一族ってみんな一緒なんやなって。
「とっくの昔に婚約は解消されているわけなのだし、澪雫ちゃんは彼女自身で彼を選んだんだから、そこは否定するべきではない。それにまだ未練を残しているのなら」
声はとても鋭いし、冷たい。
ああ、やっぱり怖い。
「正直言いますけれど、本気で怒った時はもっと怖いですからね」
後ろのほうで澪雫の声がした。俺のすぐ後ろで、耳元に囁くもんだからビクッとする。
ゾクッともした。甘美な響きが背中を走る。
こういう状況じゃなければ、2人っきりになっているところだよ、まったく。
「まだ未練を残しているのなら、諦めたほうがいい」
瞬の気迫には、俺達の入れない場所があった。
でも、それは間違いだ。こんな場所で相手を刺激すると、相手はしゅんとなるかそれとも激昂するかどちらかしかない。
まあ、この人の場合……俺の予想では、120%の確率で後者のほうだ。
「兄貴に俺の何がわかるっていうんだぁ!」
ほら、言わんこっちゃない。




