第161話 「礼服の準備」
「礼服って、本当に着るのが面倒だよな」
「そうですね、私も魅烙さんに手伝ってもらわないと出来ないです」
零璃に手伝ってもらい、逆に彼の着付けを手伝いながら礼服を着る。
零璃や澪雫は着物だからね、大変なんだろうということくらいは考えれるんだけれど。
正直、アルカディア王国の礼服も面倒だ。ちょっと派手なんだよね。国旗のイメージなのかわからないけれど、黒いコートに目立つ赤と白のラインがアレ。コスプレに見える。
「普段着でいいわけないもんな」
「仕方ないですね。流石にソレは」
まあ、何人か普段着で行きそうな気もするけれど、俺にはあまり関係ないか。
人は人だしね。俺は関係ないよ。
「誰か、会いたくない人とかいる?」
「ええと、御氷家の次男はできれば避けたいです」
彼女の話なら、「別にいないです」とでも帰ってくると思っていたのだが。澪雫が拒否を起こす人間か、逆に興味が湧いてくるのは俺の気のせいだろうか?
「ん?」
「私が涼野流に入門した時に解消されましたが、もし普通のコースを選んでいたら婚約者だったので」
澪雫の話によると、御氷一族は15歳になるまでに、家業を継ぐか能力者として生きていくか決める必要があるという。
彼女が家業を継ぐというか、能力者ではなく一般人として生きていくと決めていたら、まあ美しいし御氷家に嫁いでも何らおかしくはないな、とは思うけれど。
彼女が決めた運命だしね。ま、数週間前までは病のこともあったんだろうから、選択の理由がわからないけれど。
「へえ」
「あの、だからといって自分からはダメですからね」
「いや、一緒にいるんだったら普通に考えてあっちから攻めてくるだろ」
澪雫が心配しているのは、俺が難癖をつけてあっちに特攻しないかということらしい。正直今この瞬間が大事な俺にとって、それはないといえるだろう。
逆に考えて、特攻するのなら相手のほうが理にはかなっているような気がする。
本当はこっちが結婚する予定だったのに取られた、とか。変に難癖つけられる可能性のほうが高いといえるだろう。
「これがちゃんとあるので、私は大丈夫です」
澪雫はそういって、俺が渡した婚約指輪を見せてきた。
あのときから、彼女は一度もそれを手放していないような気がする。
すくなくとも、俺の目の前では常に嵌めてはいた。
「日常的にソレをつけてるのか……装飾マシマシなのに」
「でも、一番大切なものです」
そういって指輪を抱きしめるようにそうした彼女に対し、俺は何も言わずに彼女の髪の毛を撫でた。
いい香りがする。どうやら、シャンプーを変えたらしい。
「いつから用意してたんです?」
「構想事態は、この学園にはいる時からあったよ」
結婚相手を見つけろっていう言葉は、ずっとそれこそ耳にタコができるほど言われ続けてきた言葉だからな。婚約指輪を発注したのは、付き合ってからちょっとあと。
「調べたんですけど、5週間位はかかると」
「うん。もう決まってたし」
デザインは決まっていた。というよりは基本はアルカディアで代々伝わっているとおりになっているのだから、決めようがない。
ただ、澪雫は全体的に涼し気な感じがしたから、指輪は雪印を幾つか忍ばせたりしていたのだけれど。
「……」
彼女から返事はなかった。代わりに覗きこめば、澪雫は真っ赤に顔を染めて、俯いていた。
ああ、なんて可憐なんだろうと考えてしまうのは俺だけではなかろうか。
いや、男なら。精神的に正常な男ならだれだって可愛いと想ってしまう。それが澪雫という少女なのだから。
「顔赤いぞ」
意地悪心で指摘すると、彼女は恥ずかしそうに「はい」と。そしてこちらを向いて口を開く。
「……意地悪なんですから、もう」
「まあ、いいや。行こうかね」
「迎えのヘリコプター、来てますよ」
本部の屋上にヘリポートがある。そちらに神御裂、関帝のメンバー達と一緒に乗り込むヘリコプターがやってきていた。
エンジンが轟きプロペラが廻る中、ドアがスライドして開く。
そこにいたのは、1人の少女。髪の毛は淡い銀色で、眼は金色だ。
そして、澪雫や魅烙とは違う魅力を持った、西洋人形のような整った顔がある。
顔は無表情だが、それにしても美しい。
「ああ、久しぶりだな」
「ええと、どなたですか?」
澪雫は、彼女が誰なのかわからないらしい。詳しくは説明していないが、残念ながら彼女には軽く説明している。
俺にとって特別な人だ。
「シルヴィー・アイトネ」
母親の名前はシルバ・アイトネ。
父親の異母兄弟であり、
父親の妻であり、
父親の専属侍女でもある。
「異母兄妹で、俺の侍女だ」
俺とも、同じものになってしまうということだ。




