第155話 「龍牙・業火・神羅 壱」
父親とゼオンさんは、一通り挑戦者を難なく叩きのめしたあと、王牙さんを見つめた。
王牙さん、先ほどから闘争心がむき出しになっており、実に危険なにおいを漂わせていただけに恐ろしい。
何が始まるのか分からないと言うのが問題なのだろう。
王牙さんが、華琉さんに審判を任せてフィールドに入ってきたとき、来賓席で見ていた理事長が右手を天に掲げ、能力を「発声」した。
歌うように詠唱される能力の本質は、完全なる防御。
おそらく想像を絶する能力戦闘のやりとりが行われるのだろう。そんな戦闘から、俺たち観客を護るための能力だ。
「ええと、代わりました八神華琉ですけど」
試合はバトルロワイヤル方式で行われる。勿論人の域を越える力を出してはならないが、この3人の場合そうしないと決着が付かないと言うことで相手を気絶させれば勝ちと言うことになる。
王牙さんが、羽織っていたジャケットを投げ捨て女子生徒から黄色い声があがる。そんな光景を懐かしそうにゼオンさんと父親は見つめ、徐々にオーラを噴出させていく。
生徒の前で出していたオーラとは比べものにならない。ゼオンさんの熱気と、父親と王牙さんの冷気で会場内は早くもカオスだ。
「じゃあ、はじめるよ? いいのね?」
会場の何人かは、全く動じていなかった。
一番近い場所にいるはずの華琉さんもそうだし、理事長もそうだ。
生徒は……俺以外に動じていない人はいない。澪雫でさえ例外ではなく、縮こまっている。
このくらいなら全く問題はない。本当に怖いのは、彼らが神域の武器を持ちだした時である。
……まあ、王牙さんはその拳自体がアレなんだろうけれど。
「楽しみだなぁ。俺、この学園に入ってから一回も本気出してない」
「20年ぶりだろうよ、俺だってそうさ」
王牙さんとゼオンさんが軽口を叩いている間、父親のみがさらに闘争心を増していく。一言も発さず、何かを待っているように空を仰ぐ。
父親の纏っているオーラが氷属性特有の冷気のみではなくなり、超越した……どこか穏やかさすら感じさせるものになっていく。
それに気付いた、ゼオンさんと王牙さんがぎょっとした顔をするがお構いなしだ。
準備が終わった、といいたいのか父親は息を吸い込むと、会場全体に聞こえるような声を出した。
「ここでみる戦闘は、君達が一生かかってみれるかみれないかの伝説になるだろう。眼が追いつかないかもしれないが、勘弁してくれ」
つまり、父親は速度面で本気を出すと今宣言したのだ。
おそらく、能力面も理事長の防御壁をぶち破らない程度には力を出すのだろうが。
「戦いが始まる前だけどさ、王牙組まないか?」
「そのほうがいいような気がしてきた」
2人が割と本気のトーンでそういっているのが、俺には驚きだ。
父親は確かに強いのは分かっているけれど、同じようなレベルだと思っていた2人が組まないと勝てないのか、という。
「生徒のみなさん、あまり変なことは言わないけど、刮目してみたほうがいいよ」
華琉さんが、身震いしながらそう宣言。
その間に王牙さんが構え、ゼオンさんも両手を広げてそこに炎焔を宿す。
今から何が始まるのか、本当に予想がつかない。少なくとも父親はまだ直立不動で、何かを考えているのか上を向いたままだ。
本当に、今からなにが始まるのだろう。怖いな。ただただ、怖い。
「この戦い、師範が入っても勝てますか?」
澪雫にそういわれ、俺は何ともいえない顔で答えていただろう。
「母親が入ったら瞬殺される」
ショックを受けたような顔をしないでくれ、澪雫。
悔しいが、こういうなにかを「超越した」能力者に、あくまでも能力者と同等に戦える程度の力を持つ不完全能力者の母親が勝てるわけ無かろう。
母親に、能力の「核」を切断して無効化させる技術があったとしても、彼らの能力は……。
「見てたら分かるよ」
「はい」
すくなくとも、このオーラというか、覇気を見ているだけでも理解できそうな感じはするのだが。
本当に恐ろしいな。父親の8割ってことはでも、このくらいはだせるってことだよな? 俺も。




