第153話 「信条と感情」
「最初、かなり手加減してやってただろ」
試合が終わり、帰ってきたみんなに俺はそう指摘した。
別に、彼女たちに向かって起こっているわけではない。
最初のターンに手加減して挑発を繰り返し、後々から本気を出して叩き潰すのは相手の精神に大きなダメージを与えるものであり、そして俺もやった。
「はい」
あれはデモンストレーションだと思っています、と澪雫は答えた。
そして最後まで、本当の力を使うまでに至らなかったと説明してる。
「よぉし、澪雫と蒼以外は座って良いぞぉ」
俺はほかのみんなを通す。この時点で蒼は「あっ」と何かを察したようだ。蒼は理解が早くてよろしい。
「涼野流剣術の信条で、今回違反していると思われるものは何だと思う?」
この時点で、やっと澪雫がそれに気付いたらしい。
見る見るうちに顔が青くなっていった。蒼の顔色はまだマシな類ではあったが、それは彼女が正式に入門はしているものの、神御裂流がメインであり、あくまでも涼野流というのがサブだからであろう。
しかし、澪雫は違う。彼女は涼野流だけしか入門していないし、俺の母親から一番の期待を寄せられている人物だ。
「……力に浮かれないこと。どれだけ格下の相手にも、常に全力で接すること」
ふるえる声で読み上げた彼女の顔は、青白いっていうような状態どころではなかった。
今にも倒れそうだ。本当、忠実にそれを守ろうとしているときはアレなのに、ドジっこなんだから。
「師範に顔向け出来なくなってしまいました」
「いいよ、報告しないから安心して」
ちょっとホッとする澪雫に苦笑しながら、蒼の方をみる。
蒼は頭の柔らかい正確のようだ。変に取り乱していない所から見るに、なかなか肝も据わっている。
「蒼は、何か言うことは?」
「すくなくとも、相手に出すべき本気も程度があるんじゃないかなって思うの。例えば、貴方の父親が決して本当の『本気』を出すことがないように」
たしかに、父親は本気を出すことが出来ない。
属性皇νεροと融合している以上、彼の本気というのは「この世に干渉できる神」に等しいからだ。
実際の所、その事実を知っている人間というのは圧倒的に少なく、また父親はその力を使わないとしているため、あり得ない話ではあるが……。
もし、父親が例えば「母親が殺された」とかで世界を信じれなくなった時、この世界そのものを破壊することだって可能だろう。
さらに彼、持っている能力の一つに「相手の使う能力すべてを無効化する」っていうのも持っているからなぁ。
能力者としては、身体能力も能力者の固有強化分が無効化されるため、真人間に戻った気分を味あわされるという……。
俺なら発狂しかねないね。
「……たしかに、そうだな」
「ネクサス君が子供相手にもあんなことをするのなら別だけどね?」
「しない、しないからね?」
なんだか、うまく言いくるめられた気がする。
まあ、いいか。
「このあとは、観戦だけなの?」
魅烙が、タオルで髪の毛を書き上げながら俺に聞いた。
それに頷きながら、でもすべてが無駄じゃないぞと天鵞絨兄弟を指さす。
俺が戦っているときに何があったのかよく分かってはいないが、しかし洸劔がやる気になっていた。
影劉さんとタブレット端末に、なにやら書き込んでいるのが見える。
「分析中だろうし、俺達もなにかないか探すべきだろう」
「……それもそうね」
実際、でも【エーリュシオン】は今回参加していない。
俺の目的は、おそらく最後に行われるだろうエキシビジョンマッチだ。
今日の来賓は……ゼオンさんと……親父もいるぞ?
一昨日、国に帰ってないのかな。日本大好きな父親としては、俺の頼みは願ったり叶ったりなのかもしれないが。
「今回の最終戦は、一波乱起きそうだぞ」




