第147話 「学園公式試合 弐」
相手が1人、ということで気味の悪いにやにや顔を引っ提げてきた筋肉達磨を50人を見つめて、また俺も笑っていた。
俺の笑いは絶望からくる笑いではなかった。目の前の人々には気づいていないのかもしれないが、少なくとも観客の何割かは確実に気づいていただろう。
こちらから放たれるオーラは、常軌を逸していると。
『まあ、死なないように気を付けて』
王牙さんの言葉は、どうも俺に発せられているわけではなく、相手に向かって言われているような感覚がした。
それを受けて、相手のリーダーは「ご冗談を」と軽く笑い飛ばしている。
よし、決定。勉強料は半殺しということで。
相手は、去年俺が覚醒したから負けたと想っているのだろう。
だから、それから約9ヶ月経った今、どのくらい成長しているか計算して、さらにソキウス全員を相手取るために人数までそろえてきたということかな。
しかし、来たのは俺1人である。勝利を確信してしまったんだろうな、とは考えられるが、愚かな。
俺はあのときも今も、アルカディア家の系譜を刻む長男である。
恐らくアルカディア史は習っていないんだろうけど、『伝説』の息子ということを考慮に入れないのは如何なものか。
決して自己過剰ではないと考えてはいる。なぜなら、自分は五体不満足になると想っていたのに、寧ろ何倍にも強くなっているのだから。
「双方、名乗りを」
「同盟『機動要塞』。同盟序列8位」
筋肉達磨っていっても、この人たち高速で動き回るからなぁ。新入生もいるし。
面子は保ちたいだろうから、上級者諸君は1人であっても徹底的にやってくるだろう。
「あー、アルカディアのほうは個人名も含めてね」
「同盟序列30位、同盟『ソキウス』。代表ネクサス・アルカディア、学園序列2位、序列コード『蒼氷』」
呪文を唱えるかのように一式すべて宣言して、それを聞いた筋肉達磨達が顔をこわばらせたのを確認する。
そう、君たちが知らないうちに充分なほど序列をあげたのだ。あのとき何位だったか忘れたけど。
でも、まだ更新はしていない。姉さんの体調がよくなってからというか、メンテナンスが終了してからきちんと戦いたいし、やっぱりフェアじゃないとね。
同盟での序列が低いのは、去年1年間を訓練に費やしたからだ。大事な試合以外はすべて不戦敗で済ませたから、中の上あたりに位置している。
とりあえず、1人で50人に勝っただけでも同盟の勝利にはなるから、これで色々考慮されると一気に上がるんだろうけれど。
まあ、今はどうでもいいか。
「双方、準備はいいかな?」
「鍵を使わせてもらう」
おお、『機動要塞』。制限を解除するってことはいよいよ本気なんだな、と感じれる。
殺意だらけっていうのが肝、さらに言えば50人分全員の『鍵』をそろえてきたってことは、一切手加減無しって言うのがさらにあれ。
「これで1人に負けたら、学園中の笑い物になるな」
「……それはないから安心しろ、無謀という言葉を分からせてやる」
無謀じゃないから全然今も余裕なんだがな。
とりあえず俺は、心の中のタガを幾つか解放する。
自分だけにしか聞こえないような音量で、何回かパキパキとガラスのひび割れるような音がした。
「双方用意」
王牙さんの声が響く。
会場が静まり返り、筋肉達磨たちはそれぞれ構えを取った。
……あ、属性宝呼び出すの忘れてる。どうしようか。
ちょっと時間を……。
と、手を挙げかけた瞬間、それよりも一瞬だけ早く王牙さんがストップをかけた。
「アルカディア、【ギア】を外せ」
はっとしたような顔の振りをして、右二の腕に取り付けたそれを見やると点滅が激しくなっているのが見える。
恐らくアラームの機能がこの装置に取り付けてあれば、おそらくけたたましい音をあげていたのだろうなと考えることくらい、容易い。
「あー……もう遅いですね」
俺がそう呟くと同時に、音もなく【ギア】は破裂する。
恐らくそれの制限能力値を、俺がタガを外したせいで許容できなくなってしまったのだろう。
しかも、【ゼニス】のタガは外してない。父親は能力が制御されていて、感情によってそれがはずれるようになっていた。
だから、俺も感情が高ぶればそれが発動するはず。
今回は、出来るだけ冷静にいこう。そうしないと、死人が出かねないからな。
「それでは双方、試合開始!」
あ、また属性宝忘れてきた。
いいや、戦闘中に呼び出そう。




