第142話 「雷帝スプラッシュ」
澪雫に自分の全てを伝えた次の日。校舎のなかを澪雫たちと歩いていると、確かな違いというものがすぐに察知できた。
露骨なのは男性の反応だ。俺が歩けば、ほんの少し前までならにらみつけてきたりっていうのが約90%を占めていたのに。
今は、そんなことが一切ない。それどころか、視線をそちらに向ければ避けられる。
なんだか、心地がいいな。どうせ明日は学園で公式の試合がある。
この力を試すのには充分だ。
「まったく、男っていうものは」
澪雫があきれている。想えば、俺が通りすぎた後にいるのは澪雫と魅烙であり、おそらく彼らは彼女たちの薬指に目がいったのだろう。
あちこちから、落胆とも絶望ともとれたため息が聞こえた。
能力者が、学生時代に将来を誓い合ってその「印」を誇示するのはそう珍しいことではない。
すべては、父親のせいにも想えるのだが、能力者は何時なにがおこるか分からないのだ。
父親は母親とつき合い始めてたった一年未満で……12月25日、聖誕祭でプロポーズをした。父親の異性を引き付けるものは異常なものであったし、早めに楽になりたかったのだろうとも思う。
そしてその日は、3重の意味で特別な日になったのだ。
父親の誕生日でもあり、2人の婚約記念日でもあり、同時に父親自身が20年前の戦争を終わらせた日でもある。
世界でも、「能力戦争終了の日」として、永遠に語り継がれるであろう、そんな日になったのだ。
「澪雫、やっぱり目が腫れ気味だな」
「いいのです、悲しみで泣いたのなら兎も角。私は嬉しさで泣いたのだからいいのですよ」
そんなことを話しているのを、魅烙は優しい目で見つめていた。
目がやはり美しい。澪雫も魅烙も、その目に自分が魅了されたのかと想わせる何かがある。
そもそも、周りの男が失望の声をあげることが、違和感を覚えてしまった。彼らは、最初ソキウスを名乗った俺たちを強く非難していた。
すくなくとも、1年前俺たちに仲間は表立っていなかった。力によって存在を認めさせたのだから、普通に考えてそれが異常だと言うことくらい分かる。
「あれ? ネクサス」
「洸劔じゃないか。どうしたんだ?」
影劉さんの弟である、洸劔がそこにいた。
此方をみて申し訳なさそうに頭を下げる彼に、俺は困惑して呆然と彼を見つめている。
と、次の行動に俺は何もいうことが出来ず、面食らってしまった。
「すまない、ネクサス。親友でいてくれたのに、ずっと無視して」
公開状態での土下座をしたのだ。いつものおちゃらけた「~っす」という口調が消え、どこか改心したような雰囲気を感じてしまう。
俺は彼が、同盟【ー雷帝ー】の事務などで忙しいものだと想っていた。だから変に干渉はしなかったし、暇になったら話しかけてくれるだろうと考えていたのだ。
「頭を上げて、立ち上がってついて来な」
俺は彼の目を見ずそう言い、澪雫達がきびすを返したのを感じ取ってそちらに向かう。
彼女たちが、話し合いの場所を探してくれていることだろう。
今は、こんな場所で話をするよりも一度落ち着けた方が得策だ。
後ろをついてくる彼は、どこか惨めにも見えた。
何か、同盟関係で起こっているのかもしれないね。
「……【ー雷帝ー】は、解散した」
天王子学園の敷地内には、いくつかの喫茶店がある。
その中の一つ、奥地にあってだれも立ち寄らない場所には、楽園があった。
「正式に?」
「正式に。もうランキングからも消えてるよ」
楽園というのは「ソキウス」関係しか立ち寄らないという意味だ。
もちろん、今の新しい方ではなく、古い方の関係者。
父親の友人だった人々と、その子供たち。同盟に表せば、「楽園」と「新ソキウス」。
洸劔の顔は、今にも泣きそうなようにうなだれていた。
惨めであり、同時に可哀想である。
一番悲惨なのは、【ー雷帝ー】という同盟は俺たちのように新規で創ったものでなく、たしか洸劔と影劉さんの兄である、もう一人の天鵞絨の息子が作り上げたものであるからだ。
今年も順調に1年を終えていたのなら、5年になる伝統ある同盟であったはずなのだ。
そう考えてしまうと、どうしても解散というものは、余りにも……。
「理由を聞かせていただけないと、こちらとしては何の感想もないのですが」
澪雫の口調には、トゲがあった。
なぜそこまできついのかはよく分かっていないが、澪雫だけではなく魅烙も表情がキツいことを考えれば、それがオレの持っている「外敵への警戒心」とおないzものだと考えられる。
洸劔自身は危険ではない。だが。女性からすればその態度というものは決して良いものではない。
総じて言葉が軽いのだ。同時に、同盟同士で連携をくむと「ソキウス」が成立するときに宣言したにも関わらず、なにもしてこなかったのが一番の原因とも考えられる。
たしかに、俺は気にしていなかったが一番仲間がほしいときに、言っておきながらなにもしなかったというのは信用を著しく低下させる原因になりえるのだろう。
それを洸劔自身も感じ取ったのだろうか、表情からは苦しみしか感じられなかったが、理由を話してくれた。
……これは、俺も無関係ではないのかもしれない。




