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蒼氷のゼニス  作者: 天御夜 釉
第2部:第2章
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第137話 「冷:Arcadiaという家系」

「七星さん、これはきれいごととかではなく、本気で聞きたいことなのですが、いいですか?」


 上半身だけをあげて、ベッドに潜ったまま。

 澪雫みお七星ななせは、今日も話をしていた。


 今日は2年生のメンバー全員が実家に帰っており、1年生しかいない。

 それどころか、清崙せいろんとですら八龍家に呼ばれて鍛錬の日である。スローネもいるが、彼女は澪雫にかかりっきりな七星の代わりに、火事全般をこなしている。


 ちょうど、ネクサスと魅烙が別荘についた頃のことだった。


「はい、どうしましたか?」

「七星さんは、恋人が例えば人ならざる怪物になってしまったとき、どのような行動をとりますか?」


 質問に、七星は詰まった。

 綺麗事ならいくらでもいえる。相手がどんな姿になろうとも、愛し続けるっていう答えをするのは簡単である。

 しかし、本当に自分に恋人ができたとして、それが可能かって聞かれると……。


 どうしても、容姿も判断基準である七星は、首を振らざるを得ない。


「私なら、耐えられないかもしれません。最初の数ヶ月はおそらく大丈夫なのですが、長い期間になると……」


 相手が元に戻るという勝機があるのなら、それも可能性として考慮することができるのかもしれない。

 しかし、もし相手と人間的な意志疎通ができなくなったら?

 もし、何かがあったら。親なら絶対に却下するだろうし、それに自分が反抗し続けられるとは思えない。


 答えに詰まった七星に、ごめんなさいと澪雫は微笑んでいた。


「七星さんが、正常な判断のできる人で安心しました」

「……はい」


 誰かのために命を懸ける、なんていうことができるのは異常である。

 澪雫はわかっていた。

 しかし、わかっているからこそネクサスが心配なのだ。


「ただ、ネクサス君はそうもいかないんです」

「なんで」

「アルカディア家って、そう言う人が集まっているんだと思いますよ」


 例えば、ネクサスの父親。

 ネクスト・アルカディアは、涼野冷という存在を守るために神的生命体とも、怪物ともわからない存在と融合した。その結果、今のように伝説と呼ばれている。


 ネクサスの叔父であるラスト・アルカディアは、涼野冷という少女を不完全能力者という立場から立ち上がらせるために、自信を持たせるために、人生を変えるために「剣聖」という称号を捨てた。


 ネクサスの祖父であるライトゲート・アルカディアは、右足と左手を犠牲にして彼の国民を守った。


 能力者は、いつから「愛する人と生涯をともにすること」「愛する人のために犠牲となること」を最高のものとしてとらえ始めたのだろう。澪雫は首を傾げるとともに、期待に応えるのではなくあくまでも「自分の意志」で、それらを遂行することを選べるアルカディア家の男性たちを、素直に尊敬できていた。


 同時に、犠牲を払う代わりとして、助かる方の気持ちになってみるとそれは悲しい。

 できれば、五体満足で一緒に生きていきたいと、思おう。


 だからといって、相手がどう変わろうが、それは自分を好きでいてくれた一番の形だと理解できている。

 確かに六駆七星の言うことは正常だが、でも自分はネクサスがなにをしでかそうとも、見捨てるわけにはいかないのだ。


「まあ、今気づいたところで、奇跡でも起こさない限りもう遅いのですけどね」


 澪雫は、ネクサスに思いを馳せた。


「あら、私の息子はその奇跡を起こそうとしているみたいだけどね」


 七星の後ろから声。

 二人がそちらを見つめると、そこには「剣聖」涼野冷がいた。


 人々は、彼女を「もっともアルカディア家に愛された女」とも呼んでいる。


「し、師範?」

「すすす、涼野さん?!」


 2人の少女が動揺する中、「おじゃまします」と入ってきた冷は、澪雫の状況を一目見て悲しそうな顔をした。


「ごめんなさい、澪雫ちゃん。全部知ってた」

「え……」


 冷は、彼女の父親から全てを聞いていた。

 涼野も霧氷も御氷の分家、だから交流は深い。

 だからこそ、全てを聞いていたのを前提で、彼女を弟子にしたのだ。


「でも、ネクサスが直接交渉にいったから、治るよ」

「それだと、でも」


 ネクサスくんが、と今になってまだ相手のことを心配している少女に向かって、「だからこそ」と冷は話を続ける。


「澪雫ちゃん、貴女に一つの能力を与えようと思うの。能力者、という枠を越えた強大な力を」


 澪雫には、そう言っている冷の後ろに、もう一人の人影のようなものが見えた気がした。

 冷と限りなく似ていて、しかし違う存在。

 それが何かよく分からなくて、彼女は混乱する。


 冷は自分の手を彼女の手にかざして、雫のようなものを垂らした。

 澪雫に感覚はない。しかし、その雫に似た何かは彼女の手の奥深くに入り、消える。


「力の使い方は、貴女の頭に何となくはいってるでしょ」

「はい」

「なら、それをいつ使うかも分かるよね」


 澪雫ははっきりと頷いた。

 その姿を見て、冷は満足そうな顔をすると、立ち上がってじゃあねと手を振る。


 と、涼風のように去っていく前に。

 一度戻ってきて、話が分からず置いてけぼりにされている七星の手に何かの封筒を握らせた。


「私からの贈り物だよー。ネクサスの推薦により、貴女を涼野流へ招待します」

「えっ」

「次こそ、じゃあね」


 次こそ、剣聖は去っていった。

 封筒を唖然としてみる2人の少女は、目線を交わし合い数分後七星がふるえた手で封筒を開く。


 涼野流。今なら、入るのに5年待ちは普通で、ついに冷が困って1年前から選別を始めたものだ。

 剣を扱う女性なら誰もがあこがれる「それ」に、直接師範から手渡された手紙。


 達筆で繊細な、冷の筆で七星自身への手紙とともに入っていた書類は、澪雫も見覚えがあった。


「……おめでとうございます?」

「……はい、よろしくお願いします、先輩」


 自分の状況も忘れて呆然と黙る2人を、夜ご飯が出来入ってきたスローネが見つけて同じように固まるのは、また別の話。

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