第136話 「ネクサス:訪問」
「こんな日に限って、こうやって絡んでくるんだから……」
オレは苛立ち交じりの声で、目の前の男を蹴飛ばし前に進む。
風の唸る声がするが、そんなことよりも前から次々と敵が沸いて出てくるのは、なにかのゲームに迷い込んだ気分だった。
今日は約束の日だ。親父に会って、その中に内包された水の『属性皇』に俺の願いを聞いてもらう。
その際、おそらく何らかの条件が課されるが、それがたとえ俺の命であってもそれを受け入れようとは思っている。
俺の命を渡した結果、澪雫がそのあと幸せになるかは知らない。
親父には俺が死んだとしても澪雫を保護してほしいということは伝えてあるし、それを彼も承諾している。
だから、すくなくとも金に困ることはない。俺がいなくても……弟が澪雫を欲しがるかもしれないが、それを決めるのは澪雫であって俺ではないだろう。
俺の命が持つ限り、澪雫とは一緒にいたいからね。
「もういい、飛ぶぞ」
俺は背中の方に意識を集中させ、そこから氷でできたような翼を展開する。
これは、覚醒できた人のみに与えられる特権の一つだ。飛翔可能な翼を手に入れられれば、三次元的な戦闘が捗るというもの。
俺は魅烙をひっつかむと、そのまま上へ飛翔を始めた。
自分自身が美しいかはさておき、すくなくともこの翼は美しいたぐいに入ると思う。
一気に展開した巨大な翼は、みるものを圧倒させ、呆然とさせる。
その隙をついて、魅烙をお姫様抱っこの要領で抱き上げ、次は前へ向かう。
呼吸するのは少し困難な速度。魅烙には腕にできたスペースで呼吸してもらうことにしよう。
「このまま直接」
「……ちょっとしたニュースになりそうだけどね」
いや、王牙さんとかもいつもやっているし、ニュースにはならないだろう。
そんなことを考えながら、一直線に別荘へ向かう。
が、次は空中で前に立ちはだかる人物がいた。
生活指導、烏導先生である。
太陽を翼状に切り取ったような翼を浮かせ、こちらの行く手を塞いでいた。
「どこに行くつもりかね?」
「ちょっと野暮用でね、親父に会わなきゃいけないんです」
ほう、と烏導先生。
そして、先ほどの闘争とは真逆で簡単に通してくれた。
「この残骸はどうすればいい?」
「大事にならないよう何とかできますか?」
「考えてみよう。……なにもしなくても、コノ学園でこういうことは日常茶飯事だ。何年も変わらない」
そういうと、烏導先生急降下。
その姿を横目でながしながら、俺は次こそ別荘に向かったのだった。
「ここが、親父と母さんが一緒に住んでいた別荘」
別荘というよりは、完全に豪邸だ。
庭とかもあわせたら、どうだろう。……巨大な遊園地以上の敷地は持っていそうだな。
「おー、ネクサス。お帰りと言ってやるべきかな?」
呆けていると、玄関の方から声がした。
門が仰々しく自動で開き、そこには。
魔王が立っていた。
……ではなくて、父さんが立っていた。
よく見れば、今日は黒一色ではなく少々特殊なシンボル・マークが描かれた胸章を付けている。
「ん? これは秘密結社のマークだよ」
「晒してていいの?」
「問題ない。世間に知られてないから秘密結社なんだって」
と、ここでやっと魅烙に気づいたのか、父さんはかなりにんまりとして俺を見つめていた。
時間はあまりないが、このくらいの団らんは許してくれるだろう。
「魅烙ちゃん、久しぶり」
「おひさしぶりです、ネクスト・アルカディアさん」
「ネクストでいい」
手を振って、父さんは許可を出すと俺たちを別荘の中へ誘い込んだ。
中身も豪華さほどはないにしろ、日本の基準どころかどこの基準でみても、かなりの豪邸だと言うことがわかる。
「地上3階、地下2階だ」
「は?」
「この別荘のこと、知らなかったっけ? まあ、全部の部屋を使ったのは1度だけだったけど」
なんだかんだ言って結婚してからも、アルカディア家と涼野家は結託していろいろと施設を買ったり、家を一緒に建てたりしているから何ともいえないよ。
御氷家の当主ともふつうに面識あるし、関帝・神御裂・皇羅・八龍・風庵寺の5聖家とも認識がある。、おそらく日本を裏から操ろうとしたらそれが可能なのだ。
「で、詳しい用件ってなにかな?」
先ほどから一転、父さんは至極まじめな顔で俺に問いかけた。
笑みは消え、ここ応接間で俺を見つめている。
俺は、覚悟を決めて口を開いた。




