第135話 「ネクサス:依頼」
『父さん、今どこにいる?』
久しぶりかと問われれば、そうでもない期間がすぎた頃、息子から電話がかかってきた。
一口目が場所の確認だとは、いったいどうしたんだろうかな。
「どうした?」
『【νερο】に会わせてくれ』
ああん、単刀直入すぎるなぁ。
……確かに俺の体の中には神が宿っている。
能力者が考えるに、通称「属性皇」と呼ばれる神と同じような扱いの存在が、別世界に確かに存在する。
そして、能力者や別の世界の魔法使いなどに目を付けた彼らは、特別な能力を与えたり、はたまた上の存在へ進化させたりするのだ。
この世界に干渉可能な神。それはむしろ、精神態しかもたない異世界の住民と考えた方がいい。
「何か起こったんだな?」
『うん』
「わかった。こちらから出向こう、どこで待ち合わせがいい?」
『……』
一瞬の静寂。何かを考えるように沈黙が訪れ、数秒後返事が返ってきた。
『昔、父さんと母さんが住んでた別荘で』
「おう、ではまた明日」
電話を切ると、俺はまず鍛錬中の冷を探し出した。
冷はこちらをみて、どうしたのと首を傾げる。
「今から日本に行くよ」
「え」
「ちょっと用事があってね。ついてこなくても大丈夫だから」
まず冷に相談しないで、今回ネクサスは直接俺に相談をしてきた。
ということは、せっぱ詰まっているということと、この件に冷を関わらせたくないと言うことは想像できる。
息子の気持ちを尊重してやらないと、反抗期になってしまうからな。
何かに一生懸命になっている彼に、出来るだけ手を伸ばしてやるのは俺のつとめって奴だ。
「ネクサスに会うんでしょう」
「やっぱり、隠し事は出来ないか」
「いいよ、行ってらっしゃい」
冷にはすべてがお見通しだ。隠そうとしたって、今のような結果になるならむしろ隠さない方がよさそうだな。
俺は部屋から出て、隣で待っているタイガとシルバを見やる。
もう20数年、俺の専属として勤めてくれていた執事とメイドだ。
今回は護衛も必要ない。この二人が、俺の最高の護衛でもあるのだから。
「シルバ、手配は」
「私が操縦するのでよろしければ、すでに済ませています」
「完璧」
ガチリ、とシルバのメイド服の中で拳銃の音が聞こえる。
彼女も準備は完了させたらしい。それなら、何も言うべき事はない。
行こう。
電話が終わって、俺はすぐに親父が来てくれることに感謝していた。
普通、こんなことを親にいったら、「もう少し待ってくれ」とか「急に言われても困る」とか言われるものだと思っていた。
でも、俺の父親は特別だってすぐにわかる。何を言わなくたって、父親は父親で、俺はその父親の息子である。
行動力が極限を突破しているとはこのことだ。
「魅烙もあしたくるか?」
「【神羅の伝説】様にあえるの? 行く」
「まあ、家族になる人だしね」
そうやって笑いながら、俺は魅烙が夜ご飯の準備をしに行くのを見届けて、澪雫のいる部屋に入る。
少し持ち直したようだ。元気そうとはなかなか思えないが、その顔色はいいほう。
俺の前で元気を取り繕っているだけなのかもしれないけれど。それでも、こちらに気を使わせているなんてちょっと情けないものがあるね。
「お帰りなさい。遅かったじゃないですか」
「ちょっとね。明日も、出かけるよ」
澪雫の、掛け布団の上に乗った右手を握る。
細くて、綺麗で、白い手だ。今日の昼間に、彼女の両親へ宣言した……宣言してしまった言葉を反芻してしまい、思わず顔が堅くなってしまう。
にやにやしていられる状況ではないのだから、それもそうか。
「……何か、企んでますね」
「いや、澪雫は何も心配しなくてもいいよ」
「ほんとうですか? ……まあ、それならいいのですけど、無茶は駄目ですよ」
そんな顔をする澪雫に、俺は笑いかけながらも心の中で返事をする。
大丈夫だよ澪雫。
生涯を8割以上ともにする人に、命の半分くらい捧げたって妥当だって、思っているから。




