第128話 「沈黙と誘い」
「澪雫、怒った?」
「あの態度を見て、怒らない人が果たして存在するのでしょうか」
澪雫は怒り狂う、までとはいかないものの般若の形相をしていた。
正直、静かな怒りが耐えきれず顔に漏れだしてしまっている彼女を見て、背中がすっと寒くなる。
いったい何が怒ったのか、俺は分からない。
だが、今の彼女はどうしても「異常」なものだったし、それを見て何とも思わない俺ではない。
そこまで、人に興味がない人間ではないのだ。
「なんて言われたの?」
「……」
なのに、肝心の質問には答えようとしない。
澪雫が怒る必要は正直ない。俺がここの同盟のトップなのだから、俺が代わりにストレスを抱え込めばいいというのに。
彼女を含めて、ここにいる人々は少々感情的すぎるような気もする。
影劉さんも、その例外には含まれない。
まあ、参加メンバー全員がこの同盟の意味を分かっているというのが一番の理由なのだろうけれども。
でも、やっぱり分かりすぎているような気がしないでもない。
この同盟は俺の親父がつくりあげた伝説の、第2章にすべきものなのだ。
だから、姉さんも倒す。
「楽園」が繁栄するのは勝手だが、最後に価値あるものは「仲間」のつながりなのだから。
「今日は、一緒に寝ませんか?」
「えっ?」
「なんだか、1人だと物に当たってしまいそうな気がして」
澪雫からの、嬉しい誘いが来る。
同じベッドで寝るのはいつぶりだろう。少なくとも、つきあい始めてこれでそろそろ1年だが、最後に一緒になったのは俺が覚醒した夜だったような気がする。
澪雫は、自分からはほぼこないどころかこちらから言っても疲れで断ることが多い。
そりゃあ、毎日倒れるほどの鍛錬を積んで、やっと涼野流のトップに立っているのだから当たり前である。
彼女を俺は大切に思っているし、できればぶっ倒れるほど遣る前に休憩くらいはして欲しいと思っているのだが。
どうしても、そうにはならないようだ。
母親に相談しても「そういうものでしょ」と返されて八方ふさがりである。
そら、澪雫の師範である母親はそういうんだろうな、と思うけれども。
「……ええと、客室使う?」
「客室は七星さんとスローネさんが使ってますよ」
「……ああー」
七星とスローネは、明日具体的なことを説明して部屋の割り当て、ベッドのなど個人的スペースの割り当てを行うつもりだ。
遣ることはたくさんある。彼女たちの戦闘能力もはからなければならないし、だからこそ今早く寝かせた。
「……確か、同盟リーダーは個人的な寝室があるんでしたっけ?」
「……一回も使ってないけれど、そっちにするか」
こちらとしては上下関係をできるだけ排除したいと考えている。
先輩後輩という関係はどうしても取り外せない物があるし、そこは両方がリスペクトし合えばいいと思っているが、居住に格差が合ってはならないと考えているのだ。
だから、俺は今でも合同寝室にて寝ているし、勉強するときも基本的に共有部屋だ。
地位を利用して驕りたいわけじゃないからね。
それでも、同盟リーダーの個室というのは、ほかの皆よりも少々充実している。
寝室のほかに、小さい風呂場とか、洗濯機とか。
とりあえず、階を移動しなくても暮らせるようになっている。
事務作業で追われる同盟もあるらしいから、ねぇ。
何をやらかしたら書類処理で何日も缶詰になるのか、俺には理解し難いものだが。
「さて、こっちだよ」
同盟長の部屋に入り、彼女を寝室の方へ案内する。
ロックを外して中に招き入れ、とりあえず身体洗ってきなと彼女を見届けた。




