第118話 「頂上にたてたなら」
「で、無駄に格好付けるだけ格好付けてなにもせずに帰ってきたんですか?」
「うん」
その必要もなかったよ、と俺は澪雫に説明した。
相手が小物すぎた、というのもあった。俺の声を聞いただけであそこまで浮き足立つのであれば、戦っていたら半殺しになっていたかもしれない。
とにかく、なにもせず俺は帰ってきた。少女は可愛い容姿をしていたが、澪雫と比べてしまうとあまりにも酷い。
やっぱり俺には澪雫か、魅烙が一番。容姿的には澪雫だが、不自然に澪雫には色気というのが存在しないのだ。
その補完といってしまったら魅烙には失礼だが、魅烙も必要。
どちらも、俺の大切な彼女であることには変わりない。
「魅烙は?」
「はいはい、ここにいるよー」
銃の手入れをしていたの、と魅烙が部屋に入ってきた。
すでに下着姿で、ちょうど今からお風呂に入るつもりだったらしい。
タイミングが悪いな、ちょっと雑談がしたかったのだけれど。
俺が説明すると、すぐに入ってくると魅烙。
ダッシュで部屋を出て行ってしまった。
「なんだか、こういうゆったりした時間も久しぶりですね」
そう。本当に久し振りなのだ。
去年度はもう何ともいえないほど訓練訓練訓練だったから、何ともならなかったけれど。
今年はゆっくりできる。それがどうしようもなく幸せに感じられてしまう。
「ゼニスになったら、ネクサス君はなにがしたいです?」
「そうだな。特に考えてない」
ゼニスになってからそれは考えればいいと思っているから。
今の、目標はあくまでもそこに到達することであり、そこからなにをするかはなにも決めていない。
なっても生活は変わらないかな。
「ゼニスになったネクサス君に、我が君とか言ってみたいですね」
「澪雫と魅烙は禁止な」
「ぶぅー」
頬を膨らませて、冗談ですよと不満げな顔をする澪雫が、俺の開けっ放しにしていた右手を握る。
澪雫も魅烙も、なんだかスキンシップは好きな方らしくこうやって手をいじってくる。
2人とも誰かに縋りたいのだろうか、まあ、好きにさせてやるけれども。
程なくして、汗を洗い流してきた魅烙も到着。
澪雫の状態を見て、彼女は左手をそっと握りながらベッドに座ってきた。
「どうだ? 母親には届きそう?」
「……それは無理かなぁ」
魅烙は狙う事はできる。だが、相手の行動を予測することが少々苦手なのだとたしか影劉さんが言っていた気がする。
そもそもその才能は八神華琉さんが異常なだけなのだ。未来予測とかそういうレベルで打ち抜くのが華琉さんで、その娘である魅烙はどうしても見劣りしてしまう。
でも、代わりに魅烙は超超遠距離からの狙撃という特殊な技能がある。
武器の性能を差し引いても。精度がおかしいためほぼ奇襲で勝てるのだ。
「そういえば、4月の全学年戦は新入生見学に変わったそうですよ?」
「危ないって?」
「はい」
化け物が増えすぎたかな。単純に影劉さんをのぞいても8人だからなぁ。
とりあえずは同盟『エーリュシオン』への到達をやっていかないと。
ゼニスの話はその後だ。姉さんが強すぎて何とも言い難い。
「こんなにネクサス君が強くなったというのに、それでも氷羅さんには勝てないのですね」
「勝てないよ」
勝てないが、姉さんは甘い。
俺が覚悟を決めれば、姉さんに勝てる可能性はある。
俺は両親を越えていくことができるが、姉さんは両親のデッドコピーだ。
言い方は悪いし、姉さんに失礼ではあるが。
「とりあえず、今学期の末を狙う」
「どうしてです?」
「その後は1ヶ月ほど姉さんが調整にはいる。帰ってきたときは絶対に強くなってる」
姉さんは俺の姉さんであり、生きる伝説である父親のネクスト・アルカディアと剣聖であるレイ・アルカディアの娘であることは決定事項だ。
しかし、姉さんは……。
正しくは、人間ではない。




