第117話 「氷の獣」
怖い怖い怖い怖い。
私は先輩方にアライアンスへの勧誘を受け、柔らかく断ったつもりでした。
しかし、それが彼らには気にくわなかったようです。
実に古典的な、こんな小説やマンガにしかなさそうな古くさい展開はないと思っていた私が悪かったのです。
これから、なにをされるのでしょう。考えただけでも、背筋が凍るような寒気が体を走り回ります。
少女マンガであれば、こう云うときに王子様みたいな人が助けてくれるのでしょうが、そう簡単に来るわけが……。
「駄目じゃないか、女の子を怖がらせちゃ」
ありました。
わたしに手を出そうとした先輩の腕を、とある人物が引き留めたのです。
その声は、恐ろしく冷たい物でした。わたしに向けられる劣情の空気が、すべて雪崩とともに崩れ去ったような感覚さえしています。
なにがいいたいか、つまりは冷気しか残らなかったのです。冷気は分子を硬直させますが、つまりはそういうこと。
私を含め、そこにいたすべての人々の動きが、止まりました。
壊れた人形のように、ゆっくりと後ろを向いた、手を掴まれている先輩は明らかに周りの空気を変容させます。
冷気すら吹き飛び、残っているのは恐怖です。畏れでもあります。
目の前に現れた先輩は、無駄に容姿が整っていました。
目は鋭く、ほかの先輩方を射抜くようににらみつけていましたがこちらを見たときはその中に優しさが確かに見えます。
口調こそ砕けているものの、何か育ちのいい環境で育てられてきたような、澄んだ物を感じました。
その中でも、一番の特徴といえばその銀色の髪の毛ではないでしょうか。1本1本が強く存在を主張しているようで、どこか緊張感のある鋭さを持ち合わせているようでもありました。
少し見るだけでは、ただの危険人物臭を漂わせているのですが、それもよくよく見れば一切そんなことがないのです。
ただ、彼は存在自体が主張の激しい人だったので。
「腕試しにもならん」
完全に浮き足立っている先輩方を、銀色の彼はため息をつきながら分析します。
戦いを求めている、血気盛んな先輩のようです。私とあうかは別ですが、この学園にもっとも適した人種なのかもしれません。
「あまり新入生を脅して自分のアライアンスの、評判を下げたくないだろう?」
銀色の先輩は軽く諭すように云うと、しっしっと手を振りました。
そして右手で未だ掴んでいたままの手を薙ぎ、男たちの前に投げてよこします。
「もういいか?」
こい、と先輩は校舎の陰から私の手を握って元居た場所まで連れて行くと、なにも無かったかのように去っていきます。
名前すらきいていないし、礼も言っていないのです。
そういうわけには行かないと追い縋ると、先輩は振り向いてくれました。
「あの、ありがとうございました」
「どういたしまして」
話が通じないような人ではないようです。
ですが、やはり何か異常性すら感じます。
すぐにわかりました。周りの人が、彼を避けるように道をあけているのでした。
「あの、名前を教えていただけませんか? 私は……」
「すぐにわかる」
先輩は一言いうと、私を拒絶するように背を向きます。
次こそ、私がなにを言っても、彼は私を無視して先へ先へ行ってしまいました。
今から入学式で、講堂に行かなければならないのに。
……さすがに追うのはお終いです。戻らなきゃ。




