第115話 小話「Valentine」
「もう、ずっとがんばりましたし、今日くらいは休んでもいいのでは?」
澪雫は、俺を労ってか一言静かにそういうと、そばにあったベンチに連れて行った。
今日の澪雫はどこか頬が紅く染まっているような気がする。
まるでリンゴだ。いったいどうしたんだろうと俺が考えるまもなく、氷を模したような美少女は手招きした。
「渡したいものがあるんです」
俺が座り込み、肩で息をしていると澪雫は困ったように俺を見つめていた。
今日は何の日だっけか。誕生日は去年だったし、あまり覚えていない。
新年、浴衣姿のみんなと初詣にいった事くらいしか覚えてない。
それほどまで、今年度は何もやっていないのだ。
「今日は恋人の日ですっ……」
と、照れながらもいっしょうけんめいそんな事を言ってくれるものだから、もう何とも言い難い快感に包まれるのだ。
澪雫とつきあってよかった、とか。それ以前に彼女に出会えて本当に幸せ……とか。
俺の理想というのはかなり父親と酷似していて、やっぱり母親のような人物をこのむ傾向にあるようだ。
それの理想が澪雫であったのだから、この出会いは運命としかいいようがないだろう。
どうしても、他の言い方をしてみるとすれば……いや、これは偶然を装った必然にしか思えないのだ。
「なんか、丸くなった?」
「太ったように見えます?」
「いや、性格」
最近たくさん食べてますからね、と自分の腰回りを触る澪雫。
大丈夫だよと彼女の体を抱きしめると、ちょっと面食らったように顔を赤らめた。
やっぱり可愛い。どうしてやろうかと妄想がはかどるが、まあちょっと待って。
後ろに隠してるの、チョコレートなんだよな。
「ちゃんと本命ですからね」
「いわれなくても分かってる」
勿論、信じていないわけではない。
魅烙ならともかく、澪雫ならそんな心配はないだろう。
いやまさか、澪雫に限って、な。
いや、年がら年中……剣に浮気しているような気もするが。
「万が一のことがあったら、遠慮しなくていいから」
「それはないですね」
澪雫の返答は、俺が考えていたよりも数段ときっぱりしたものであった。
どこからそんな自信が出てくるのだろう。確かに、俺は彼女たちを見捨てるつもりはないが、人生何が起こるのか分かったものではないのだ。
ていうか、俺が彼女たちを裏切れば剣聖である母親と、史上最強の狙撃手が黙っているはずがないからな。
首を傾げていると、澪雫は首に手を回して真正面から俺を捉えた。
いつ見ても美しい、蒼色の眼だ。夜空のような蒼に、幾点の星が見える。
「私は、師範みたいな人生を歩みたいと思っていますから。でも、貴方への気持ちは本心です」
剣技に秀でていた、しかし普通の少女がある一国の「王子らしくない」王子と出会い、恋人になり、支え合って、人生の伴侶となる。
母親は俺の父親がそれであることは、半年ほど気付かなかったのだという。それは、あまりにも父親が自然体で居たからだろう。
アルカディア家というのは少々特殊で、成人してから王になるための教育をする。
幼少期、普通とは言い難いが天王子学園に入学させて、少しでも一般人、一般能力者の考えを理解するのが目的だ。
その結果、90%? だったか、支持率がおかしい。
まだ父親は即位していないというのに、不完全能力者……間違えた、特化型能力者に理解のある父親が即位したらどうなるんだろう?
ちなみに、残りの10%は富豪層で、平等を望んでいない層である。
父親は、そんな人たちを「権力に飢えた豚」と称していた。
「うん、うん」
「逆に申し入れを行うのは私の方です。こんな私でもいいです?」
「勿論」
少しくらいわがままな方がいい。澪雫は少々おとなしすぎる。
まるで、自分の意見を持っていないかのように普段は振る舞うのに変なところでプライドを持つ。
「最近、能力の強化はしてる?」
「はい」
じゃあ後で腕試しするか、と俺が彼女に微笑むと。
澪雫も、しっかりと頷いて微笑み返してくれた。




